君とゆっくり恋をする。Ⅰ【第1話 〜第5話】(短編の連作です)
敬意を払って口に入れたチョコは、敏生の想いのようにとても甘かった。甘いながらに、少し紅茶のフレーバーが香る奥ゆかしい味わいだった。
言うまでもなく、結乃にはただの〝お返し〟というより、きちんとした物を贈るつもりだ。敏生のこの心にある切ない想いを込めて…。だから、二年前に職場のみんなに配ったような、適当なものというわけにはいかなかった。
こんなに敏生が真剣になっているというのも、バレンタインデーに結乃からチョコをもらったはいいけれども、そのまま何の進展もないからだ。
こうやって河合とは食事をして帰ったりしてるのに、結乃のことは一度も誘えずにいた。……結乃の方からも、特に連絡が来ることもない……。というより、結乃からはチョコを渡してくれるアクションをされたので、今度は自分が行動を起こす番だ。
でも、これからどうやって、事を進めていったらいいのか分からない。仕事のことに関してはどんどんアイデアが湧いてくるのに、恋のことに関しては自分の中に〝成功〟へ通ずるノウハウがなく、失敗が怖くて動き出す勇気が出てこない。
だから、原動力となり得るこのホワイトデーは、敏生にとって頼みの綱のようなチャンスだった。