君とゆっくり恋をする。Ⅰ【第1話 〜第5話】(短編の連作です)
・ 想定外
ホワイトデーは、三月も半ばとは思えないくらい冷え込んだ日となった。
でも、敏生の心は、朝からエネルギー満タンで熱かった。きちんと定時に帰れるように、完璧なスケジュールを組んで、それを精力的に着実にこなした。
今日は、ホワイトデーのお返しを贈るだけじゃなくて、結乃を食事に誘おうと思っていた。
どんなふうに言って誘えばいいのか、今はまだ思いつかなかったけれど、今日の結乃は自分と一緒にいてくれるためだけに、目の前にいてくれる…。焦る必要はない。ゆっくり想いを伝えられるはずだ。
そんなふうにあれこれ思いを巡らせていた昼休みのこと、課長に呼び出された。
「すまないが、これから福岡に行って、この商談をまとめてきてくれないか」
「……え?!」
敏生は頭の中が真っ白になって、止まってしまう。
「この前の営業会議で鳥山が報告していた案件だけど、肝心の鳥山が熱を出して帰ってしまった。俺が代わりに行ければいいんだが、俺は俺で外せない会議が入ってる……」
――……なんで、俺が……。
敏生は心の中でそう呟いていたが、課長の困った顔を見ていると、『行けない』とは言えなかった。