言わなくても気づいてよ…!
告白
大学ではグループ課題も佳境を迎えていた。
それぞれの意見を尊重しながらも、まとめていくのはそれなりに楽しかった。
のりのいい十河が場の空気を盛り上げてくれるから、居心地のいい雰囲気になっていたと思う。
今日まとめられたら終わるだろうと見込んで、土曜の昼過ぎから大学の近くの図書館に集合して取り組んでいた。
「終わったぁ~」
図書館だと言うことを忘れて思わず声を上げた十河の口を愛華ちゃんが押さえる。
その行為に俺と青井ちゃんは笑った。
愛華ちゃんは更に周りにチョコチョコと頭を下げた。
「もう、バカっ。」
小さな声で十河を叱る。
やっと手をはずしてもらえた十河は悪びれることない顔で反論する。
本当に仲がいいなと思う。
時計は三時をすぎていた。
とりあえず、課題を片づけ図書館を出ることにした。
相変わらず二人二人で並んで歩く。
「無事に終わって良かったね。」
「そうだね、期日にも間に合ったし。これで、評価も良ければ尚いいんだけど。」
何度か交流を持つ内に青井ちゃんともだいぶ慣れてきて、話もしやすくなっていた。
「絶対いい点くれるよ!袴田君の提案も面白かったし!」
青井ちゃんが俺に気を使って誉めてくれる。
「青井ちゃんが細かく調べてくれたから、助かったよ。ありがとね。」
青井ちゃんが小さく首を振って笑った。
「いいお天気だから、お散歩しよ~!」
前を歩いていた愛華ちゃんが振り返りながら提案する。
「袴田君は時間は大丈夫?」
青井ちゃんは俺の隣を歩きながら、横を向かずに聞いた。
「うん。大丈夫だよ。青井ちゃんも大丈夫なの?」
彼女は俯きながら頷いた。
前を歩く二人に公園散歩の了解を合図しながら、二人の後に続いた。
大学の側にこんな公園があったことを俺は知らなかった。
意外と大きな公園は、至る所にベンチが置いてあり、森林浴にはぴったりの場所だった。
十河と愛華ちゃんは、一際大きな屋根のある休憩スペースにつくと俺達を手招きした。
「ここでちょっと休憩しよ~!」
俺達がそこまでたどり着くと、二人は俺達をベンチに座らせる。
「なんか飲み物買ってくるから、待ってろよ。」
十河が愛華ちゃんと目配せする。
「俺が行くよ。愛華ちゃん、青井ちゃんと待ってていいよ。」
俺が立ち上がろうとすると、十河が肩を押さえてそれを拒む。
「いいの、私も何があるか見てきたいから。欄はオレンジでしょ?」
青井ちゃんはうんとだけ頷いた。
「理斗はアイスコーヒーでいいよな?適当に買ってくるわ。」
「…あぁ。じゃ、頼むわ。」
どことなく違和感はあったけど、素直に従った。
二人がどこかの自販機に飲み物を買いに行く姿を眺めていた。
「なんか変じゃない?二人。」
「…そう…かな!?」
青井ちゃんも戸惑い気味だ。
2人きりになっても、もうそれほどの緊張をしなくなっていた。
他愛のない話をして、二人の帰りを待った。
俺は少しの変化に気づかなかった。
「それにしても遅くない?」
見渡す限り自販機もなく、どこまで買いに行ったのかと聞きたくなるほどだ。
俺は青井ちゃんを見るよりも先に携帯をチェックした。
十河から連絡がないか確認するためだった。
「あれ?十河からだ。」
そこには先に帰るとだけ入っていた。
「え?帰るって…なんだよ、あいつ。ね、青井ちゃん。」
俺は同意して貰おうと青井ちゃんの方を振り返った。
青井ちゃんは、今日一番の俯き加減で表情すら見えない。
「ごめんなさい!私が頼んだの。袴田君と2人で話したくて。」
青井ちゃんのその行為が罪悪感からくるものだとわかって俺は黙った。
確かに図書館の帰り辺りから青井ちゃんの様子は少しずつおかしくなっていったような気がする。
「…今日で課題が終わったじゃない?」
俺は唸るように頷いた。
「楽しかったよね…!?」
俺は再び頷く。
「ちょっと…寂しくなるなって思ってね…」
青井ちゃんが何を言いたいのかよくわからなかった。
「学校で会えるじゃん。課題が終わったからって、無視したりしないよ。」
青井ちゃんは何度もうなずいて見せた。
「わかってる、わかってるの。袴田君がそんな人じゃないことは。」
俺は再び意味が分からず黙った。
「課題がなくても、一緒にお茶したり、図書館に行ったり、行き帰りを並んで歩いたりしたい。一緒にいてほしい。」
青井ちゃんは俯いていて表情がわからないけど、ふわふわの髪の毛の間から見える耳が赤くなっていた。
「そんなの全然いいよ。また四人で会おうよ。」
俺は何も考えずにそう言うと、青井ちゃんは慌てて顔を上げた。
「二人で!…二人で会いたいの…。」
やっと目のあった彼女は、顔を真っ赤にして一瞬にしてまた俯いてしまった。
俺は青井ちゃんがそこまで動揺していることに驚いてしまって、一瞬思考停止してしまった。
「…分かりにくいよね。意気地なしではっきり言えなくてごめんね。」
正直分かりにくかった俺は反応できなかった。
「…ちゃんと話すから、聞いてくれる?」
青井ちゃんの声はますます震えて聞こえた。
「大丈夫、ちゃんと聞くよ。だから、ゆっくり話して。」
青井ちゃんは頷いた。
「大学に入ってから何ヶ月かして、袴田君の姿を目で追うようになったの。」
それは、今から考えると一年近く前の話だった。
「あんまり目立つタイプじゃなかったじゃない!?」
俺が最近目立っているのは、彼女に髪を切られてからだ。
青井ちゃんはそれでも俺を見ていたという。
「それはね、大学の講義が終わった後に落とした荷物を誰にも気づかれないのに拾ってる姿を見てからなの。」
青井ちゃんは続けた。
「誰かにありがとうってお礼を言われるわけでもないのに、黙ってそういうことができる人なんだって。そういうことがいくつか目に入って。あっ、またあの人だって。優しい人だなって思った。」
そんな所を見ていてくれる人がいるとは思わなかった。
「その内にいつの間にかどんどん気になっていって、いつの間にか好きになってた。」
青井ちゃんの話を聞いていて、心臓が一瞬飛び跳ねた。
「えっ?」
思わず声が漏れていた。
「突然、イメチェンして格好良くなっちゃうから、焦った。これは本当なんだけど、今年から愛華と仲良くなってずっと相談してて、協力してもらえることになったの。」
俺みたいなのをお世辞で誉めてくれる。
「誤解しないでほしいのは、愛華を利用しようと思って友達になったわけじゃないことと、袴田君が髪を切って格好良くなったから好きになったわけじゃないこと。それだけはわかってほしい。」
「うん。」
俺は青井ちゃんが一生懸命話してくれるのを聞いて頷いた。
青井ちゃんが膝の上に置いてあった震える手をぎゅっと握って、大きく息を吸った。
「私と、つき合ってください!」
俺みたいなやつのどこがいいのか、話を聞いてもよくわからない。
でも、青井ちゃんの勇気は大事にしてあげたいと思った。
「…俺なんかで良ければ…」
心なしか俺の声も小さくなっていたような気がする。
「本当に!?」
青井ちゃんが俺の言葉に反応して顔を上げた。
よくよくみると青井ちゃんの目は潤んでいて、今にも泣きそうな目をしていた。
俺は彼女の表情を見て安心させたくなって笑って見せた。
「うん。本当に。」
青井ちゃんを安心させたかったのに、青井ちゃんの表情はだんだん泣き崩れていった。
泣き出しちゃった青井ちゃんを俺はどうしたらいいかわからなくて、おろおろしていた。
「嘘みたい……。」
青井ちゃんが小さくつぶやく声がして、俺は彼女の頭をポンポンと撫でた。
「嘘じゃないよ。」
そう言うと青井ちゃんは、俺に寄りかかるように身を寄せた。
俺は慣れない手で青井ちゃんの体を支えた。
青井ちゃんが落ち着くまでの間、俺はそのまま黙って側にいた。