10年愛してくれた君へ【続編】※おまけ更新中
「じゃあもう、"春兄"じゃないわけだ」


「…え?」


春兄は私に回していた腕の片方を私の頭まで持っていき、優しく後頭部をぽんぽんとした。


「…春人って呼んで」


「っ!!!」


反射的に春兄の体から離れてしまった。突然の行動に目を丸くする春兄。


「あ、ごめ…ん。えっと…」


つまり、春兄じゃなくて春人って呼んでってことだよね。今までずっと春兄だったから急に呼び方を変えるのは…でも確かに今はもう"お兄ちゃん"ではない。


だから名前で呼ぶべきなのだろうけれど…あー!!誰か助けて下さい!!



「…藍。別に無理して急に変えようとしなくていいんだ。せめて今日だけ…いや、今だけ、春人って呼んでくれよ」


柔らかさは含まれているも、真剣な眼差し。恥ずかしさで逸らそうと思っても逃してくれない。

今だけ…今だけなら…


「は…ると」


「ん?」


絶対聞こえてた!!聞こえていたはず!!今日の春兄は意地悪だ!!


「聞こえない。ちゃんと言って」


悪戯っぽく笑う春兄に、これは確信犯だと思った。顔が紅潮する。名前で呼ぶだけなのに、何を躊躇っているのだろう。


「春人…」


「うん」


「春人、ありがとう」


「ん。俺もありがとう。一緒に過ごしてくれて」


そして再び抱きしめられた。絶対に今の私は恥ずかしさで真っ赤になっているから、こうして顔を隠してくれる方が安心する。


キスよりも、その先のことよりも、私には春兄を名前で呼ぶという課題があったなんて気づかなかった。


…先が思いやられる。




-----…


「ただいま〜」


「あら?帰って来たの?泊まりじゃないの?」


我が家なのに娘が歓迎されないってどういうことだ、と冷たい目線を送る。


「春人くんも誠実ね。春人くんなら何泊でも許しちゃうのに」


お母さんの言葉はスルーしながらも、別れ際の車内のやり取りを思い出す。






『春兄、今日は本当にありがとう。これ大切にするね!』


首元のネックレスを見せる。春兄はショルダーバッグからこれが入っていたラッピングを私に差し出した。


『これも持っていってよ』


せっかく綺麗にラッピングされていたし、ありがたく受け取った。


『ありがとう!じゃあ、降りるね。春兄おやすみ』


『待った!』


春兄の声に開きかけた扉を一度閉めた。


『…?』


『もう一度、名前で呼んで。お願い」


『えっ…』


あの時、"今だけ"って言っていたのに…と春兄を見ると、恥ずかしそうに頭を掻く。


でも、春兄が私にお願いをするなんて今までなかった。春兄が我が儘を言ってくれることが嬉しくなり、顔が綻んだ。


さっきはあんなに恥ずかしかったのに、春兄の"お願い"だと思うと可愛くて仕方がない。



「…春人、おやすみ」


しっかりと目を見つめて言う。その瞬間、春兄の手が後頭部に回されぐっと引き寄せられた。


唇に温かな感触。しかしすぐに唇は離された。


『さすがに藍の家の前だしな』


『春兄…』





昔と変わらず優しいけれど、ちょっぴり強引なところや可愛いところが見えた、そんなクリスマスでした。


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