干物ハニーと冷酷ダーリン
水面を走る
帰りの電車の中、黒崎さんは何も聞かなかった。ただいつものようにくだらない話ばかりをした。
そんな黒崎さんに、少しだけ涙が出そうにになった。
黒崎さんのくせに、アホな黒崎さんのくせに、バカな黒崎さんのくせに、能天気な黒崎さんのくせに、ちょっとだけかっこよく見えた。
今回ばかりは、ここにいるのが黒崎さんでよかったと思う。
「それでは、あたし久留米先生の所に寄るのでここで降りますね」
『おー。また戻ってくるだろ?』
「そのつもりです」
1つ手前の駅で黒崎さんと別れる。
久留米先生が何をやらかしたのか突き止めなきゃいけない。
改札口を出て、すぐに電話を掛けるが繋がらない。
そんな事は、想定内なので問題はない。
問題なのは、久留米先生がアパートのドアを開けてくれるかである。
まぁ、あのひねくれ者は一筋縄ではいかないだろう。
それにしても、パンプスで歩くのは慣れない。
それでなくとも、午前から立ちっぱなしで足に限界がきている。
コツコツコツ。
コツコツコツ。
歩く、歩く。
カンカンカン。
カンカンカン。
上る。上る。
どうでもいいから、とりあえずパンプスから解放されたいあたしは、力を込めて目の前のドアを叩きまくった。
「久留米先生!川本です!居るのはわかってるので、中に入れて下さい!」
そして、無反応。
一回で出てくるなんて、端から思っちゃいないけど。
久留米先生も、ここであたしが諦めない事を知っているのだから、素直に開けてもらいたい。