完璧執事の甘い罠
与えられた部屋に入り、私は社交界の準備を始めた。
この日のために用意されたドレス。
ドレスなんてそもそも着慣れていない。
これまでも何度か着る機会はあったし、普段着もここまでドレスって感じではないけれどドレス調のものを着ている。
私がこれまでの世界できていたような洋服は、もうこの世界では着ることはないのだと。
そのことに、私は名残惜しさは感じてはいない。
「あまり固くならず、リラックスしてお踊りください。男性がエスコートしてくれますし、そこまで堅苦しいものではありませんので多少間違ったとしても平気です」
「・・・うん」
ジルの言葉に小さく頷く。
頷くだけで、顔をそむけたまま。
今は忘れなくちゃ。
いくら気まずくても、なんともない風を装わなくちゃ。
主と執事に見られるように。
ここは他国なのだから。
「そろそろお時間です。向かいましょうか」
「ええ」
火照る身体に気づかないふりをして私は歩き出した。