副社長は束縛ダーリン
おそらく彼はまだ食べている最中だったと思うのに、走らせてしまい申し訳ない。
しかし長谷部くんに迷惑そうな様子はなく、むしろ嬉しそうな表情で私を見ている。
つられて私もにっこりと笑いかけたら、なぜか表情を引きしめて、長谷部くんが思いきったように口を開いた。
「あのさ、朱梨ちゃんに紹介したい美味しい洋食屋が何軒かあるんだ。コロッケも絶品で。次の土曜日、ふたりで食べにいかない?」
長谷部くんは営業で外回りが多いから、きっと私より外食の機会は多いと思う。
あれは一年目の夏頃だったろうか?
美味しいコロッケの店を見つけたと、去年もこうして彼に誘われて、会社帰りにふたりで食べにいったことが一度だけあった。
あのときは、まだ悠馬さんと付き合う前で、なんの躊躇もなく誘いに乗ったけれど、今は……。
「ごめんね。そのお店に行ってみたくても、きっと駄目って言われると思うから……」
誰に止められるかを口にしなくても、長谷部くんには伝わったみたい。
「そうだよね。副社長の機嫌を損ねたら困るよね……」
そういった彼は、耳の上あたりをポリポリと掻いて、苦笑いしながら「気にしないで」と踵を返す。