副社長は束縛ダーリン
肝を冷やす私たちに悠馬さんは「お疲れ様です」と声をかけ、その口元には社用の、紳士的で人当たりのよい笑みが浮かんでいた。
彼は私に対し、そんな作り笑顔を向けたりしない人。
焦ったけれど、どうやら正体に気づかれていないみたい。
ユッコは「副社長もご試食いかがですか?」と、コロッケののったトレーを差し出し、私に彼の注意が向かないようにと気遣ってくれる。
悠馬さんはクスリと笑い、「美味しいのはよく知っているからいらないですよ」と断って、「取引先の方々に挨拶して回らないと」と、来場の目的を口にした。
このイベントにはうちの取引先の卸売・小売業者のお偉い様方や仕入担当部署の人が招待されている。
その人たちへの挨拶を目的に来たということは、ここに長居しないはず。
きっと彼は挨拶しながら会場をぐるりと一周して、社に戻ることだろう。
忙しいと言っていたことでもあるし。
そう予想してホッと胸を撫で下ろしたら、悠馬さんの視線が私に向いて、なぜかじっと見つめられた。
『中には誰が入っているの?』と聞かれそうな予感に、また焦り始める。