副社長は束縛ダーリン
こんな場所で立ち話をするなんて……。
悠馬さんを信じたいのに、頭が勝手にふたりのラブシーンを想像して涙目になる。
庶民で取り柄のない私じゃ、望月フーズのお嬢様に勝てっこない。
あの人に強く迫られたら、悠馬さんは心変わりしてしまうかもしれないと、不安に突き動かされ、私は手すりを頼りに、一段一段ゆっくりとステップを下りていった。
階の間の踊り場まであと五段という場所まで下りると、姿は見えずとも、ふたりの会話の内容がハッキリと聞き取れた。
その声の聞こえ方から推測するに、どうやらふたりはすぐ下の階の非常口に繋がるドア前で話しているみたい。
階の間の踊り場までいけば見つかってしまうので、ステップの途中で足を止めた私は、ふたりの会話に耳を澄ませた。
「という感じかしら。これでうちが、調味料市場のおよそ八割を獲得したようなものよ」
「相変わらず、望月フーズは攻撃型のビジネス展開をするんだね」
「貪欲なのはうちの強み。だからこそ、ここまで成長したの。それにしても業務提携とは名ばかりの買収契約書にあっさりサインするなんて馬鹿よね。うちがあっちの社名を残しておくと思ってるのかしら?」
「向こうだって君たちの思惑は分かっているさ。きっと従業員を思ってのことだろう。悲しくて強い決断に、俺は敬意を表したい」