よいシエスタを(短編集)
まどろみの中で
【まどろみの中で】
彼は仕事から帰ると、夕飯までの少しの時間を仮眠にあてる。
営業職で一日中歩き回っているせいで、仮眠をとらないと、夕飯も団らんもお風呂もままならなくなるからだ。
これは、そんないつも通りの日常の話。
いつも通り仕事から帰って来た彼は、わたしが夕飯を作っている間、ソファーに横たわって仮眠をとり始めた。
明かりがついていようが、テレビが騒がしかろうが、わたしがどれだけ激しくまな板を叩こうが、彼は一瞬で眠りについて、きっかり二十分で目を覚ます。
というのに、ふと見ると彼の目が開いていて、少しだけ頭を上げてじっとこちらを見ている。
おかしい。まだ眠りについて十分も経っていないのに。
「どうしたの?」
聞くと彼は、寝起きらしい掠れた声でこう言った。
「そろそろ、一緒になろうか」
突然のことに相槌すら打てずにいると、彼のまぶたが静かに落ちる。そしてまた、いつも通りの健やかな寝息が聞こえてきた。寝ぼけていたのだろうか。
今のは、彼が夢の中で言った台詞なのだろうか。
でも、わたしにとっては現実。
この胸の高鳴りも、指先の震えも、頬の熱も、全部ぜんぶ現実だ。
ただし、まどろみながらのプロポーズなんて彼の本意じゃないだろうから、もう一度同じ台詞を言ってくれる日を待とうと思う。
そろそろ、一緒になろうか。
この一言を、頭の中で復唱しながら。
(了)
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