よいシエスタを(短編集)
前置きはこのくらいにして、本題に移る。
その日の夜に、問題が起きた。
昼間観たホラー映画の映像がフラッシュバックして、一人きりになるのが恐ろしくなってしまったのだ。
だからどうにかして彼に泊まってもらおうと画策した。
バラエティー番組を観て大袈裟に笑い、タレントたちの発言にいちいち反応してみたり。今まで一話も観たことがない連続ドラマを観て、それを参考に彼に寄り添ってみたり。ワインを開け、酔ったふりをしてさらにくっついてみたり……。とにかく彼に「そろそろ帰るわ」と言わせないようにした。
最終電車に間に合わない時間まで引きとめることができたらベスト。飲酒によって彼が居眠りを始めても、わたしの誘いに乗ってベッドになだれ込んでもいい。
とにかく彼の帰宅を阻止したい。
ただひとつ、その理由が「彼の忠告を無視してホラー映画を観たから」だとバレてはいけない。これは絶対だった。
でも、その一心で行動していたせいで、無意識に時計に視線を送っていたらしい。
二十三時を過ぎた頃、はあっとため息をついた彼が「帰ってほしくないなら素直に言やあいいのに」と。わたしの目論みはお見通しだったらしい。
こうなれはきちんと頼んで、泊まってもらうしかない。
でも、ホラー映画のことがバレないよう、彼の肩にもたれかかって、今日は「そういう気分」だから泊まってほしいという体を装った、が。
彼は流れるような所作でごく自然にわたしから離れ、クロゼットにしまってある布団を引っ張り出す。そしてどういうつもりか、寝室でなくリビングに敷き始めたのだ。
「……いつも通り寝室でいいじゃん」
静かに抗議すると、彼は神妙な面持ちでこう言った。
「昨日テレビで心霊番組見てさ。ベッドの下に霊が潜んでたって映像観たんだよ。俺ここに泊まるとき、いつもベッドの横に布団敷いてんじゃん? そうするとベッドの下が丸見えなわけ。昨日の今日だし怖いじゃん」
「え……」
どうしてそんなことを言い出すんだ。そんな話をしたあと、わたしを一人で寝室に行かせる気か? 鬼か。
でもこれはまずい提案だ。一人で眠りたくないから彼をここに留めたのに、ひとつ屋根の下とはいえ別室で就寝とは。
そんなこと、あっていいはずがない。
こうなるなら、素直に「怖いから泊まってほしい」と言えば良かった……。
「じゃあわたしもリビングで寝るよ」
今さらさらっとカミングアウトするのは恥ずかしくて、どうにか同じ部屋で寝るためにそう提案すると、彼は仏のような笑顔でわたしの肩に手を置き、首を振った。縦にではない。横に、だ。
「いいからベッドで寝な。布団は一組しかないし、ソファーで寝たら身体痛くなるだろ。仕事に支障が出たら大変だから、ゆっくりベッドで寝るべきだと思うよ。な」
「……」
仏のような笑顔で、わたしの身体を案じているようにも見えるけれど……。違う。真逆だ。
彼は最初から、わたしがホラー映画を観たせいで一人でいられなくなっていると分かっていて、最初から待っていたのだ。わたしが素直にお願いするのを……。
こうなってしまえば、するべきことはただひとつ。恥ずかしがっている場合ではない。彼の忠告を無視したことを気まずく思っている場合ではない。
床に両手をつき、頭を下げ、謝罪と懇願を声に乗せて、こう言った。
「お願いします、一緒に寝てください」
すると彼は、先程までの仏のような笑顔を、悪魔のような不敵な笑みに変えて「添い寝代、高いよ?」と言ったのだった。