よいシエスタを(短編集)
「おれ、麺好きだよ。美波ちゃんも好きだよ」
言いながら夏樹は、わたしの首に回した手に力を込める。
ちょ、ちょっと待て! 苦しい! 首絞まってる!
ぐええと情けない声を上げると、男は「あ、ごめーん」と気持ちがこもっていない謝罪をした。
「美波ちゃんは、麺の、どこがきらいですかー?」
「どこって……けほっ、本当は……」
本当は、夏樹が好きだ。ずっと前から、夏樹が好きだ。
でも夏樹の周りには可愛い女の子が溢れている。その女の子たちを差し置いて、出し抜いて、隣に立つ自信も勇気もない。
だったらただの友だちとして、一定の距離を保っているのが一番良いと思った。
「……じゃあおれが美容師辞めて、女の子たちと口聞かなくなったら、付き合ってくれるの?」
「え?」
今までのへらへらした口調はどこへやら。夏樹は突然真面目な声で、そんなことを言う。
驚いて肩元にある夏樹の顔を見れば、やつは目を閉じて「すー……」と寝息をたてていた。
狸寝入りの下手なやつめ。
人は寝るとずっしり重くなるはずなのに、重さが変わらない。
もしかして今までの話を全て理解していたのでは? という考えが頭をよぎる。
もしかしたら、居酒屋に置き去りにされ、五円足りず、酔っ払って歩けないというのも、全て嘘だったのかもしれない。本当は思考は正常で、自分の足で歩けるのかも。
それなら今の言葉は夏樹の本心。酔いのせいにして、気持ちを伝えようとした……?
「……周りに女の子侍らしてても、わたしは夏樹が好きだから」
「……」
狸寝入りのせいで、わたしからの告白も素直に喜べないだろ。ざまみろ。
「でも麺のほうが好きかな」
「……スー……」
わたしの首に回った夏樹の腕が、強張ってぴくりと震えたから、ぽんぽん撫でてあげた。
どうしようもなく不器用。酔いのせいにしないと、告白もできないなんて。
それでもわたしは、この不器用な男が、好きで好きでたまらない。
(了)