よいシエスタを(短編集)
よいシエスタを
【よいシエスタを】
十日間連絡がなかった彼女が突然部屋に訪ねて来て、物凄い剣幕で「旅行しよう!」と言い出したのは、先月のこと。
急なことだったから何事かと思ったら、彼女は僕の両腕をがっしり掴んで、こう言った。
「わたしたち、付き合い始めてそろそろ一年じゃない? 不定期だけどデートもするし、お互いの部屋に行き来もしてる、でものんびり長時間一緒にいたことはない。だから旅行しよう!」
確かに、高校の同級生だった笹井さんと八年ぶりに再会して、数ヶ月の友だち期間を経て付き合い始めて一年。
デートはすれど、旅行はない。お泊まりデートはあっても、翌日は必ずどちらかが仕事だから、慌ただしく別れる。そんな一年だった。
高校の同級生と言っても、当時は数えるほどしか話したことがなかったから、同い年の恋人というほうがしっくりくるし、過去の情報はほぼない。
だからお互いを知っていく上では、少しでも長く一緒にいるしかないのだけれど……。
会社員で暦通りに働く僕と、不定期なシフトが組まれて基本的に土日に休みがない雑貨屋店員の彼女とじゃあ、そもそもの生活サイクルが違っていた。特にこの春彼女が副店長になってからは、会う回数は目に見えて減ってしまった。
だから彼女のこの提案を、拒否するわけがなかった。
そういうわけで彼女と初めての旅行に行くことになったけれど……。
すぐに有給の申請をして休みがとれた僕と違って、彼女はシフトの調整で大苦戦。どうにか二連休がとれたようだけれど、シフト表を見せてもらったら愕然とした。
旅行までの二週間、朝昼夜万弁なくシフトに入り、遅番の翌日が朝番だったり、旅行直前には遅昼昼朝昼遅の変則六連勤が組まれたり……。
日程は決まったから、今度は行き先。その話し合いをするため、会う回数も会っている時間も増えたけれど、その分彼女の疲労も増している。
この状況は本当に正しいのだろうかと疑問に思う。
なんかもっとこう……良い感じに折り合いがつかないものか。
こうも上手くいかないのは、僕たちが思った以上に不器用だからか……。