よいシエスタを(短編集)
舞踏会の準備


【舞踏会の準備】




 会社で後輩のミスをかばったら、上司や取引先の担当者に、命を奪われるんじゃないかってくらい怒鳴られ、肩を落としてデスクに戻ると、新人の子に煎れ立てのお茶をぶっかけられ、濡れた背広を乾かそうとトイレに行ったら、同期に散々馬鹿にされた。

 最低な一日だった。


 募ったイライラは、帰路についても、部屋に帰り着いても解消されず、同棲中の彼女に八つ当たりをしてしまった。

 料理や家事、化粧や服装、果てはみかんの食べ方にまでケチをつけた。

 なんてひどいことを言ってしまったんだと気付いたのは、彼女の悲しそうな笑顔を見たとき。
 彼女は優しい声で「お疲れ様」を言って、持っていたエプロンを丁寧にたたむ。

 これはまずい。
 謝らなければと口を開きかけたとき、それを察した彼女が、こんなことを言った。


「明日舞踏会だからもう寝るね」


 壮大な嘘をつかれた。
 舞踏会ってなんだ。どこの国の貴婦人だ。

 舞踏会っぽい優雅な曲を口ずさみながら踵を返した彼女に向かって、僕は勢い良く額を床にぶつけ、謝罪の言葉を叫んだ。






(了)

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