真面目なキミの、
待ち合わせに約束したのは、K駅の一つ向こうのL駅の北口。
先輩の家の最寄り駅だ。
待ち合わせは午前10時。
もう朝の爽やかさはなく、夏本番の日差しがアスファルトに突き刺さる。
電車を降りてから小走りで向かうと、少し時計を見てから顔を上げた先輩と目があった。
瞬間、眩しげに目を細める先輩に、胸が苦しくなった。
あたしはこれから、この人を傷つけるのかもしれない。
「おはよう」
「おはようございます」
「あれから、帰り道、大丈夫だった?」
「……っあ、は、はい」
「そっか、よかった」
少しだけ、変な間が開いてしまって、嘘が下手な自分が嫌になった。
……確かに、変な人には会わなかった。
でも、その後にあったことを考えると、上手く顔が見られなくて、なんとかぎこちない笑顔を返した。
らしくないなぁ…あたし。
ため息をつきかけて、慌てて呑み込んだ。
「…そのネックレス、かわいいね」
「あ、ありがとう、ございます…」
ドキリとして、シルバーに光る片翼を撫でた。
恐ろしいことに先輩は柔らかい笑顔で言い放つ。
「もしかして、大切なものだったり?」
「っ……はい、大切な、ものです」
怖い。初めて、先輩を怖いと感じた。
的確に痛いところに触れてくる先輩が、その時は怖くて仕方がなかった。
…もう何か、バレてるのかな…?
あたし、もう帰りたくなってきた……
早くも決意が揺らぎ始めて、慌てて立て直す。
あ~ダメだ!
今ここで逃げたらたぶんずっと逃げることになる!
もう一度決意を新たに、片翼に触れた。
………先輩の家は、駅から歩いて5分のタワーマンションの一室だった。
まずその高さに、見上げた首が限界を告げて、次に見たエントランスの広さに、軽く目眩を覚えた。
り、リッチ……
エレベーターの中もゆったりと広くて、鏡もピカピカに磨かれていて、もう何がなんだか……
先輩の部屋に着いた時には、もうその部屋の広さに驚きなんか……した。
予想を超えていた。
しかも次の言葉で更に超えた。
「あぁ、かしこまらなくていいよ。ひとり暮らしだから」
さらっと言う先輩の笑顔が信じられなくて、目が点になった。
そのあたしを見て笑う先輩自体も、かなり高級に見えてきて脳機能の低下を悟った。
……どうなってるんですかね…?
「そこのソファ座ってて、飲み物持って来るから」
「あ、あぁ、はい」
「テキトーにくつろいでいてよ」
ごめんなさい。無理です。
カチコチに固まった状態でソファに腰を下ろすと、
「おわっ!」
沈みすぎて変な声が出た。
し、しまったー…!
聞こえてないかな?聞こえてないよね??
やはりわたくしのような一般市民に、こんな贅沢な空間は似合わないですよ……ってかカジュアルな感じで来ちゃったじゃんあたし…
トホホな空気を漂わせていると、「はいお待たせ」と目の前に、グラスが置かれた。
……おや、この色は煎茶?もしや○鷹?
そんなわけないよね…と、一口。
「いただきまーす…」
…そんなわけありました。
出された飲み物は意外と庶民的。
隣に先輩が座るとソファが揺れて、あたしも一緒に揺れた。
同じグラスを片手に、先輩があたしの方に顔を向けた。
「びっくりしたでしょう?」
「は、はい?」
今のこの距離感のことですか…?
結構…近いですケド…
「こんなマンションにひとり暮らしなんて……しかも、なんかゴテゴテの」
「ご、ゴテゴテって……」
「ゴテゴテだよ。こんなに部屋数要らないし」
「いくつあるんですか?」
グラスに口を付けた先輩は、片目を瞑って、指を4本立てた。
「よ、よん…!?」
「お風呂トイレ抜かしてね。こんなに要らないよ、も~…」
先輩はわかりやすく苦笑いを浮かべた。