真面目なキミの、
その時ふと思い出したのは、肇から聞いた先輩の噂だった。
もうすぐ、先輩と付き合って2週間が経つ。
まだフラレてはいない。
…あんな噂、信じたくない。
今日見ても、先輩に変わったところは何一つ見当たらない。
でも、先輩にフラレなくても、今日、あたしが先輩をフルことになるんだよね。
一気に、喉が詰まったような感覚がした。
……いい人なのに。
あたし、先輩を心から好きになれたら良かったのに。
何度問いかけても、先輩を好きな気持ちは、先輩としての憧れで、それ以上ではない。
――――……言わなくちゃ
「せんぱ「和香ちゃん」
決意を持って紡いだあたしの言葉は、先輩に呆気無く遮られた。
その目には、びっくりするほど色がない。
途端に怖くなって、背筋を冷たいものが滑り落ちた。
部屋は空調が聞いていて、暑さも寒さも感じないくらいの温度だったのに、指先からどんどん冷たくなっていく。
「あ、」
口がそう呟いた時には、天井が見えていた。
背中には、ふわふわ過ぎるソファ。
目の前には、無色に濁った先輩の顔。
抵抗する間もなく組み敷かれていた。
お互い何も発さないまま、時計の秒針の音が、やけに耳につく。
先輩の目の色が、蔑みに変わっていく。
無限の時間の中であたしの頭に浮かんだのは、静かな絶望と、肇の顔だった。
「……別れよう」
「………」
「君が好きなのは俺じゃない。そうだろ?」
「……そうですね」
先輩の顔には、どんどん負の感情が表れていった。
口調も声のトーンも別人のよう。
これが、本当の先輩なのかも知れない。
「…でも、このまま帰すのは釈だな」
「どうして、あたしが好きなのは先輩じゃないって言えるんですか?」
「…この前の帰り、何も無かったなんて嘘だよな?」
「………」
「俺、見てたんだよ。お前らが仲良く手繋いで帰るとこ。……お前の家に入るとき、アイツ、俺に気づきやがって、すっげぇ顔でこっち睨みつけてたよ」
あぁ……こういうことだったんだ……
手を繋いだのも、あそこまであたしが外に出るのを反対したのも、あの噂も。
妙に冷静に、頭の中で考えていた。
「カメラも壊された」
「カメラ…?」
先輩が何処かから取り出したのは、レンズの割れたカメラだった。
「お前の家の向かい側の家の茂みに仕込んだ隠しカメラだよ」
「隠し…カメラ…?」
「この3日の間にお前の行動を監視して、汚いところを暴いてやろうと思ったんだよ」
……狂ってる。
この人は、一体なんの為にそんなこと…
何の得があるって言うの…?
今までの人たちにも、同じことしてきたの…?
信じられないという顔のあたしを見た先輩は、クククと楽しそうに笑った。
「いい暇つぶしになったよ。特にお前は、肇がいたからな。俺と付き合い始めてからのアイツは見物だったよ。目に見えてショック受けててさぁ」
邪悪な思い出し笑いを浮かべる先輩は、もうさっきまでの先輩とは見る影もなかった。
そうか、今までそうやって、弄んで来たんだ。
誰かの想いを踏みにじって、それを見て嘲笑ったんだ。
そんなことをずっと、暇つぶしとしてやってきたこの人を、あたしは許せない。
強く睨みつけると、先輩は更に笑みを深める。
その目は、三日月のようだった。
「肇から色々聞いてるだろ?
今回はちょっと違ったけど、今までは、告白してきたヤツとテキトーに付き合って、汚して、飽きたら捨てた。
裏がありそうだと思ったら、調べ上げて証拠突き付けて、脅して、飽きたら捨てた。
お前と付き合い始めた日は一人終わってさぁ……丁度良かったんだよなぁ」
脳裏に浮かんだのは、あの日すれ違った綺麗な女の子。
何かから逃げるように、走り去ったあの子。
奥歯を噛みしめて睨んだ。
「先輩にとって……あたしたちは、」
「ただの暇つぶしと、性欲の捌け口。
……お前はどこまで耐えられるか、見せてくれよ」
先輩は、抵抗しようとしたあたしの両手を掴んで、上で一纏めにした。
その力が驚くほど強くて、痛みに顔を歪めた。
どんなに強く睨みつけても、先輩はただ三日月の笑みを深めるだけ。
「……お前を奪ってやったら、アイツ、どんな顔するんだろうな」
三日月は更に深く、毒素を撒く。
先輩は、空いている片手で片翼を掴んだ。
そしておもむろに持ち上げて嘲笑う。
「っ!イヤ!やめて!!!やめっ…、」
叫ぶ口が口で塞がれる。
強引なくちづけに、涙が滲んだ。
更に舌が割り込んできて肌が粟立つ。
…っ、絶対に、泣いてなんかやらない!!
なけなしの根性で涙を堪えた。