真面目なキミの、




その後、早めにベッドに入った。

最初は疲労感から、すんなり寝付けた。

…はずなのに。

ベッドの感触が、どことなく背中にソファのあの状況と重なって、うなされた。

目が覚めると、涙が滲んでいて、強く布団を掴んでいる。

窓から吹き込む風はゼロで、汗まで滲む。

心まで水分を失っていくようで、無意識に唾を呑み込む。


もう押さえつけるベルトも手も無いのに、手首がズキリと痛んだ。

足掻いても敵わない、力。

無くしてしまった片翼を思い出して、胸元に手をやってしまう。

強引で、相手を傷つける為だけのキス。

あの、三日月のような笑み。


夢の中で、何度も何度も繰り返し見せられて、目を閉じることが恐怖になった。


……肇、起きてるかな?

暗がりで見つめる強い光は、無機質なはずなのに、誰かと繋がっていると思うと、不思議と暖かみを感じるから、ちょっと不思議。

メッセージは、思った以上に早く返ってきた。


[起きてる?]

[起きてる]

[眠い?]

[眠くない]

[あのさ、そっち行っていい?]


このメッセージへの返信は、少し遅かった。

…その割に、2文字だったけど。


[は?]

[なかなか眠れなくてさ]

[俺がそっち行く]

[わかった、パパとママに言っとくね。ありがとう、わがまま聞いてくれて]

[別に]


肇は、普段なら絶対に一度面倒くさがってからあたしのワガママに応えてくれる。

……うん、結局応えてくれるんだけど、今日は割とすぐに応えてくれた。

彼なりにあたしを気遣ってくれているらしい。


パパとママの承諾も一発OKだった。

よっ、さすがくそ真面目は信頼が厚い!




「……で?何か用か」


あたしの部屋。

ベッドに寄りかかって、並んで座った。

目の前の窓からは、三日月。

見ていられなくて肇の横顔を見つめるけれど、肇は、何故か全然こちらを見ない。


「つぐみが、是永くんって本当真面目っていうかなんて言うか…大変だったんだよ~…って、」

「………何話してんだよアイツは…」


肇は、ため息と共に右手で首の後ろに触れる。

……これは、照れてる時とか、恥ずかしがってる時、隠しごとがある時のサイン。

こういう風に肇の心が見えるのは久しぶりかも知れない。


「何か大変だったのかな~って?」

「…教えない」

「うわ~肇のけち」


唇を尖らせて、目を伏せた。

こんな子どもっぽい仕草、やめたいのに、どうしても出てしまうのは、隣にいるのが肇だからかな?


「……もう少しお前が落ち着いたら話す」


その言葉を聞いて肇を見たら、丁度肇もこちらを向いて、やっと目と目があった。

レンズの奥の切れ長の目は、今日はゆるりと優しかった。
どこか気遣うような、怖がるような。


…なんで、気づいてくれるんだろう。

あたしが不安定なこと。

それだけで泣きそうになってるだなんて、あたし、こんなに泣き虫だったっけ…?


「どうせ眠れないんだろ?」

「ん、」


頷くと、左手が大きな体温につつまれた。

それだけで、せき止めているあたしの全てが溢れて、止まらない。

膝の間に顔を埋めるとパタパタと水滴が床に落ちる音がした。

一人になると、嫌でも思い出してしまう。

強く強く刻み込まれた恐怖を、抱え込んでくれる誰かが欲しくなった。

……結局、あたしには肇しかいない。

でもたぶん、肇にはあたし以外にも、いくらでも相手はいる。

それを思うと堪らないくらいに苦しくて、でも今、ここで、あたしだけを感じてくれているのかも知れないと思えた。

ああ、呆気無く塗り替えられる。

さっきまで震えていた心が、今度は切なく締め付けられている。


……ずるい。


「あんまり泣くなよ。明日、肝試しだろ?頭痛くなんぞ」

「……っ、わかって、る」


意地悪さえも愛しくて、全て全て、あたしのものになって欲しいとさえ思った。

ならないことは、分かっている。

でも次の瞬間、手が離れて、驚いて顔を上げた。


「……そんな顔で見るなよ」

「っ……」


そして今度は、更に大きな体温があたしを包んだ。

さっきまであたしの左手を包んでいた彼の右手が、今度は涙に濡れる目を覆った。

どうしてなのか、どんどん、涙が引いていく。



―――――……ああ、本当にずるい。




三日月の夜、彼の腕の中で、静かに目を閉じた。


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