真面目なキミの、



「……あたしのこと好きみたいじゃん」


笑い飛ばした。

まったくの空元気で笑い飛ばしたのに、なんでそんなに不機嫌そうなの?

今度こそ、あたし絶対に信じないよ。

そこにあたしへの想いがあるなんて勘違いは、もう信じない。

信じたくないよ。

最初で最後のあのキスも、昨日の夜の優しさも、ネックレスも、今の言葉も。



立ち止まった肇と、手を離されて数歩進んだあたしの間に、強い風が流れていった。

思わずぎゅっと目を閉じて髪を押さえる。


「あぁ、―――――だな」


その風は竹を揺らして、それはやがて竹やぶ全体を揺らした。

騒がしい音が、肇の声を遮った。

やっと目を開けたとき目の前には、月明かりに照らされた美しい吸血鬼がいた。

…八重歯は無いけれど、その姿は息を飲むほどに作り物めいて綺麗だった。

そして今まで見たこともないような、柔らかい笑顔を見せて、そこに立っている。


「…ねぇ、今なんて言ったの?」

「…はぁ?なんで聞いてねぇんだよ…」

「だって風で聞こえなかったんだもん!」

「……はぁ、もう」


肇は、メガネを上げる仕草をしかけて固まった。

……だって、無いもんね。

笑いを必死に堪えるあたしを見つけると、ガシガシと首の後ろを掻いた。

一体、なんて言ったの…?

そんなに照れるようなこと?

本当に、こんなに一緒にいて、いっぱい知ってることはあるのに、未だに知らないところもあって、知りたいと思う。

もっともっと、知りたいと思う。

あなたのすべてを掌握して、ずっと寄り添っていたいと思う。

……後戻りなんて、最初からできなかったんだと、今わかった。


意を決したように、彼が俯きがちで紡いだ言葉を、あたしはきっと一生忘れない。




「……好き、みたいだな」



語尾で顔を上げた肇と、目と目が合った。



「……ねぇ、肇」

「…なんだよ」


またそうやってそっぽ向く。


「肇はあたしをバカバカ言うけど、違うよ」

「言っとくけどお前はバカだぞ」

「うん、あたしたち2人とも、バカだったんだよ」

「……」

「もう!本当にバカ!!」



笑えてしまう。


ただ、両想いだった。


底深い湖の向こう側のあなたに会いに行く為に、あたしは湖のほとりを歩いた。

そしてあなたも、同じようにほとりを歩いていた。

それなのに、たどり着けば、先ほどまであなたのいた場所には誰もいない。

つまりはあなたも、あたしには出会えなかった。
どんなに歩き続けても、出会えなかった。

それは、あたしたちが同じ向きで歩き始めたから。

お互いの背中を、一つの輪になって、ずっと追っていた。


そして今あなたは走って。

そうしてあたしの肩を叩いてくれた。


きっと、始めから湖を泳いでいれば、こんなに遠回りすることにはならなかった。

溺れることなんて恐れずに、勇気を持って、ただあなただけを真っ直ぐに見つめて、湖に飛び込めば良かった。


………でも、結果オーライ。

出会えたんだもん。

もう片想いはお終い。

ひとしきり笑って、真っ直ぐに彼を見た。


「あたしも、好きかも」

「………」

「…ちょっと、なんで黙るの!恥ずかしいじゃん!!反応してよ!おーい!!」


肇はあたしの言葉を聞いてから、目を見開いて固まった。

あたしが声をかけてもなお固まったまま。

そして突然、


「…なんだこれ、やばいな……」


呆然としたように、手で顔を覆った。


「ちょっと、どうしたの」

「っ、」


更に突然その手を退けて、あたしの手を取ると、抱き寄せてきた。

驚くあたしをよそに、その力はどんどん強まって、あたしを縛り付けた。

なに…!?一体どうしたの!?


「ちょっと…!?」

「……これ、嘘じゃないよな?」


パニクるあたしの耳元で聞こえたのは、あまりにも弱々しい声だった。


「…嘘じゃないよ」

「…ダメだ、信じらんない」

「ねぇ肇、痛い」

「あぁ、悪ぃ…」


少し体を離して、またすぐに抱きしめられる。

今度は優しく温かい抱擁だった。

…一体どうしたの…肇。

こんなの、初めて見たよ。

まるで、あたしをどう扱っていいか分からないみたいな反応。


「……あたしの方が信じられないよ」

「そう、か」

「だって肇、あたしのこと女の子として見てなかったでしょ?」


その肩越しに空を見上げると、夏の大三角形らしきものが拝めた。

……のに、


「…は?」


また体を離されて、視界は変わる。

何その、信じられないみたい顔。

あたし何も間違ったこと言ってないはずだけど?


「…だって簡単に、『お前は女じゃねぇ』とか言うし」

「あれは……ごめん」

「何のごめん?あたしそんなんじゃ納得しないよ」


優位に立てる数少ない好機を逃すまいと睨んだ。

あたしの肩を掴んだままの肇は、目を泳がせ始めた。

やがて、少し怯えるように、あたしを見据えて。


「……引かない?」

「引かれるようなことなの…?」


肇は、うなじを掻くと口を開いた。


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