真面目なキミの、



そっと離れて、また重なった。

上昇する体温と、とっさに肇の胸板にあてた手が早い鼓動を感じる。

耳元で鳴るのは、いつもより早い自分の鼓動と、笹の音。


傍から見れば、吸血鬼と女子高生。

少女マンガとかファンタジーみたいな光景なのに、相手が肇だからなのか、非現実的には感じない。

……でも、夢みたいに思う私もどこかにいて。


くそ真面目なくせして、どうしてこういうとこは強引なの?


もうそろそろ、息が苦しい。

苦しくて酸素がほしいはずなのに、ずっとこうしていたいだなんて、意味がわからない。



「っ、」

「……ごめん」


なぜか謝られて、また歩きだした。

さっきから、立ち止まったり歩いたり、また立ち止まったり、忙しい。

……でもたぶんこの道は、ゴールへの抜け道なんだろうから、ゆっくりでいいのかも知れない。

もうちょっと二人きりでいたいけど、真面目な肇は仕事に戻りたいよね。


「覚えてない」

「ん…?」


ぽつりと呟かれた言葉に、その顔を見上げた。

でもすぐに、頭の上に乗せられた手で、ぐりんと前を向かされる。


「だから、いつから好きか覚えてないんだよ」

「……」



……そんな前から、想ってくれてたの…?

あたしの頭の中に浮かんだのは、いつもヒーローみたいに現れて、困ってるあたしの手を取ってくれるあなただった。

小2、玄関の扉についた大きな虫が怖くて家に入れなかったとき、泣き出したあたしに気づいて虫を取ってくれた。

小4、家族ぐるみでの旅行中、人混みではぐれてしまったあたしを誰より早く見つけたのは、お母さんではなく、お父さんでもなく、肇だった。

心細いとき、助けてほしいとき、いつも誰より早く駆けつけてくれるのは、肇だった。


「告白しようと思ったことは何度かあったけど、狙ったようなタイミングでお前は俺のことをいいヤツとか幼なじみって言うから。
もう手出しすんのが怖くなって、思いついたのがお揃いのネックレスだったんだよ。
それを渡せたのが去年…」

「……苦労されてるんデスネ…」

「まったくだ」

「……」

「あぁ、そのネックレス返せ」


当たり前のように差し出された手を見て、顔を見て、やっと声を出せた。


「……はい?」

「元はと言えば俺のだ。いいから返せ」

「そりゃそうだけど…!」

「引き千切るぞ」

「ちょ、こっわ、その顔で言わないでよ…」

「じゃあどんな顔ならいいんだよ…?」

「……タレ目」


小声でぽそっと呟いたら、肇はいきなり立ち止まった。

あまりにも突然すぎて、肩はずれるかと思った。


「…整形しろって?」

「やめて、それはダメ!!!あたし、肇の顔ファンだから!!!」


全力で首をぶんぶん横に振って、手は待てのジェスチャーをする。

肇はその表情に呆れの色を濃くした。


「それじゃ一生整形できねぇし…」

「あ、整形してもいいよ?あたし肇の顔が肇じゃなくても全然好き」

「あのさ、それって結局どっち…?
そもそも脱線しすぎだ、ネックレス返せ」

「…も~…仕方ないなぁ…」


しぶしぶネックレスを外しにかかる。

だから元から俺のだろ、っていう肇のぼやきなんか全然知らない。


でも、なかなか取手に爪が引っかからない。


「……あれ、」


今朝爪を切ったことがこんなことに繋がるなんて…もう爪なんて切らない……

小さな後悔と焦りが重なって、ネックレスが外せない。


「ほら、貸せ」

「………」


またもしぶしぶ、肇に外して貰うことになった。

……なんか子どもみたい。やだな。


半分拗ねて肇のマントの襟を眺めてしばらく経ったけれど、外れたの一声が聞こえない。

任せろ的な雰囲気だったのに、なかなか外せないらしい。

おいおいおーい。


「……あたし、もう一回やってみようか?」

「いや、いい」

「っ、そ、そう」


提案したあたしの功績と言うべきか失態と言うべきか……

ぐっと距離が縮まって、ほぼ抱きしめられるみたいな格好になってしまった。


どうしてなんだろう。

キスもハグも初めてじゃないのに、さっきから尋常じゃないくらい全部にドキドキする。

これが恋人と幼なじみの違いってやつ…?


「取れた」

「あ、本当?」


それと同時に、影が離れていく。

ほっとするようで、でも寂しいような。

複雑な心境を抱えながら一点を見つめていた。

肇はあたしの顔を覗き込んでから、ふっと笑うと頭を撫でながら、少しずつ少しずつ近づいてくる。

自然と目を閉じた



………のに、



なかなかキスは降ってこない。

緊張が途切れて、不思議に目を開けようとしたら、首に冷たいものが当たる。


……このタイミングで肝試し中だったのを思い出してしまった。


「ひゃぁ、むぐっ」


叫びだした口を、大きな手が慌てたように塞いだ。

おかげで苦しいやら怖いやらで目を白黒させてしまう。

パニックなあたしとは対照的な、淡々とした声が耳元で呟いた。


「心配すんなネックレス付けてるだけだ」


ネックレスぅ!?!?


「付けるなら付けるって言ってよ…!」

「はいはいすみませんでした」

「めっちゃ怖かったんだからね…!?」

「ん、できた。キス待ってたのにごめんな」

「そうだよもう!!!………って、えっ」


そう言ってあたしの額に唇を寄せる。

温かな感触が伝わって、もう、顔を上げられなくなった。


だって…恥ずかしすぎる…!!

キス顔のまま固まってたのかあたし…

埋めてくれ…穴があったらすぐに埋めてくれ……


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