あなたの声が響くとき




その翌日の放課後、私は、泣きながら帰ることになった。





「………葛西は、音楽好きだろう」


滑らかに紡がれるトランペットの音色の合間、東条くんは爆弾を落とした。


「………」

「…でも、ずっと俺の演奏ばっか見て」

「…東条くんの音、本当に好きだからさ」


精一杯の微笑みは、次の言葉ですぐさま剥がされた。


「嘘だ」

「…っ、なんで、」


このままでは、必死に築いてきた心の壁が、仮面が、取れてしまう。

音楽を辞めてからの3年間が、泡沫に…


「気づいてないだろ。お前、俺が演奏してる時、終わった時、指が動いてる」


イヤ、やめて…どうして気づくの。

あなた、迷惑だって言ってたでしょ…?

今更、やめてよ、


ずっと、押し込めていた思いが……―――


「そこにトランペットがあるみたいに」


――――……溢れてしまう。


「……そうだよ。音楽、したくてたまらないよ。トランペット吹きたいよ!」


勢いよく椅子から立ち上がって、息を吸った。

捻り出した声は、みっともなく涙に濡れて、情けなく震えていた。


「…じゃあ吹けばいい」

「そんな、そんな簡単なわけないじゃん!」

「簡単だよ。……ほら、」


東条くんは、トランペットを持って立ち上がった。

そのまま、こちらに向かって来る。


……来ないでよ。これ以上、情けない姿は見せたくない。

嫌、嫌だよ。私はもういいのに。

もう十分、傷つけて、傷ついたから。


「持て」

「イヤっ、私はもう、音楽に振り回されるのは嫌なの…!!」


それなのに、東条くんは金に光るトランペットを私の手を持たせようとする。

温かい手が重なって、嬉しいはずなのに、全然嬉しくない、更に泣きたくなった。

いやいやをする子どものように、首を振った。


「……今までも、そうやって逃げてきたんだろ。……いつまでも、そうやってるつもりなのか」


私の中で、プツリと、何かが切れる音がした。

今、何て言った…?



「…東条くんに、何が分かるの…?」



涙に濡れているくせに、やけに冷たい声がした。

静寂に覆われた教室に、冷たく響く。


「何も知らないでしょう?私のことなんか」


見上げながら全力で睨んだ。

何も知らないくせに。

私がどんな思いでトランペットを手放して、音楽から離れたのか。

何にも、知らないくせに。

奥歯を力一杯噛んで、怒りを抑えた。

……でも、目の前の㊚は、変わらない無表情と無感情に一言。


「あぁ…知らないな。逃げてるだけのお前のことなんか」


――……パシンっ


気がつけば、手が出ていた。

彼の頰を、思い切り叩いていた。


「だいっきらい」


最後に残したのは、そんな、小学生の悪口みたいな拙い言葉と、ひと粒の涙だった。




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