あなたの声が響くとき



そんなこんなで、結局のところ悩みごとは晴れない。

また一つため息が落ちた。

そして帰宅部の私には、その悩みを一瞬でも忘れるような、夢中になれるような物がない。

……むしろ、彼の音を思いだした方がすべてを忘れられる。


一度思い起こせば、すぐに部活動紹介の時の私、すべてが戻ってくる。

はやる鼓動も、無意識に震える唇も。

切ないほどに私を揺さぶる、音。

もう過去には戻らないと、固く閉ざした扉が、開け放たれようと、意思を持つ。


私にトランペットを持つ資格なんて、無いのに。


気がつくと、桜色の輪郭がない。

はらはらと、或いはばらばらと、一雫が落ちた。


もう私の頭の中は、部活動紹介の時の事ではなく、もっと昔のことなのに。


「……な、んで」


音は鳴り止まなかった。

軽やかに柔らかく、春の日差しに紛れた音。

その時、春風が一閃。

舞い上がった桜が、ひとひら、教室の床に落ちた……ような、落ちていないような。

何故なら私は見ていないから。


私は春風に背中を押されて駆け出していた。


後先なんて考えず、ただあの音だけを目指して、駆けた。


「……っ!」


そして、通り過ぎようとした一つの教室。

そこには、窓に向かってベルを上げたあの後ろ姿。

お弁当を食べていたときは、あんなに丸かった背中は、今は、ぴんと張った緊張を伝える。

乱れた息を整えて、ゆっくりとドアに歩み寄った。

近くで聞く音は、濃く音の輪郭がわかる。

今吹いているのは次の大会曲だろうか。

メゾピアノで紡がれるメロディーは主旋律のようだ。

ドアの前で思わず聞き入っている自分に気づく。

ドアノブに手を掛けて、また止まった。

開けようか、どうしようか。

勢いでここまで来て、またそこから動き出せない自分が歯がゆくて、奥歯を噛みしめて下を向く。

私はどうしていつも、いつもいつも、こうなの…?

好きなのに、気持ちだけではどうしても突っ走れない。

でも気持ちには急かされて、焦って間違える。

弱くて弱くて、一人じゃ何も出来ない。
期待にも応えられない。

こんな私で、彼に近づいて良いわけが…――


その時、

急に音が止まって、ガタッと椅子が動く音がした。


――――…え?


顔を上げたら、彼と、目があった。


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