ビターチョコをかじったら
 1時間ほど走って、サービスエリアに一度車を停めた。

「!?」
 
 車の鍵を閉めた相島が、紗弥の左手をそっと握る。

「あ、相島さん?」
「お返し。」
「っ…ずるい。」
「手、繋ぎたいって言ってたもんな。」

 こういうスキンシップを、バカにせず一つ一つ叶えてくれること。それが、紗弥にとってどれだけ嬉しいことか、きっと相島はわかっていないだろう。

(…嬉しい。けど、こっちはいきなりやられるとドキドキするんだよー!相島さんにも伝われ!)

 そんな気持ちを込めて、紗弥の方からきゅっと力を込めて握り返してみる。見上げた先の相島の口元は少しだけ優しく緩んでいた。

「…だめだ…私、相島さんに絶対勝てない。」
「何が?」
「耳引っ張るののお返し、これでしょ?」
「そうだけど。」
「結局朝から私がドキドキしっぱなしだもん。」

 またしても白状する。いつもと違う服にも、運転している姿にも、そして前に言ったしてほしいことの一つをこうして何でもないことみたいにしてくれることにも、そのどれをとってもドキドキしてしまうこと。28歳が近付いていても、だ。青春時代の1ページみたいに、心臓は今も昔も関係なく音を鳴らす。

「あのなぁ…そういうわけわかんねー可愛いこと、言うんじゃねーよ。」
「…可愛くない、し。今日は圧倒的に私、相島さんに負けてます。ちょっとかっこよすぎ。」
「いつもと違う髪型ってだけで、可愛く見えるっつの。」

 相島の左手が、そっと紗弥の頭を撫でた。
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