ビターチョコをかじったら
「…学生でもねーのに、妙に緊張した。」
「…全然、そんな風には…。」

 相島は紗弥の両手をぎゅっと握った。

「今更何でもかんでもお前が初めてとか、そんな綺麗事言うつもりねーけどさ、…調子は狂わされる。」
「…どういうこと?」
「お前が当初俺が知ってたよりも、…付き合った後の方が色々まずい。」
「そ、そりゃそうだよ!私も色々気をつけてるけど、どうしたってボロというか…ダメなところが出ちゃうというか…。」
「まーた勘違いしてんな、紗弥。」
「っ…!」

 相島がそっと紗弥の額に、その額を重ねた。少し見上げるだけで相島の顔がある。

「その顔、期待してたわ。」
「だ、だって今…名前…!」
「うん。知ってて言った。ずっと呼ぼうとは思ってたけど。」

 目を瞑る暇もなく優しく落ちてきたキス。目が合えば、恥ずかしさと一緒に嬉しさも込み上げてくる。思わず両目の涙腺が緩む。

「…まずいっていうのは、ダメってことじゃねーよ。」
「え?」
「期待以上。期待以上の反応で返してくるから、…落ちんの。」
「そ、そんな反応してなんか…。」
「いちいち全部嬉しそうだから、いつも。だから全部叶えてやりてーなって思うんだよ。」

 紗弥は両手で頬を押さえた。そんなにわかりやすい顔ばかりしているのだろうか。仕事をしているときは疲れすら見せなくてすごいとまで言われているのに。

「…あと、何してぇの?」
「え?」
「言ってくれたもんは、…できる範囲のもの全部、やってやるよ。」

 緩みかけていた涙腺が壊れる音がした。

「う…。」
「は、な、何でこのタイミングで泣くんだよ…?」
「むり…相島さん…優しすぎてむり…。」
「意味わかんな。」
「もう充分だもん…。うー!」

 相島の前でこんなに盛大に泣くのは初めてかもしれない。何がどうなって涙になるのか、自分では説明がつかない。それでも涙が零れて落ちて、止めようがないのだから仕方がない。
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