ただ、そばにいて。
 悠斗が風呂に入っているあいだ、瑞希は簡単な夜食を用意する。

 風呂からあがった悠斗は、さっきまでの服をそのまま着ていた。
 やはりすぐに、ここを出ていくつもりなのかもしれない。

 夜食の蕎麦をテーブルに置く。
 悠斗は「ありがとうございます」と頭を下げ、湯気で湿った前髪を右手で掻き上げながらはにかんだように笑った。

 そうそう、こんなふうに素朴に笑う子だった。
 頭のなかに、高校時代の悠斗の姿がよみがえる。

 家庭菜園部は柚月と悠斗のほかに三人のメンバーがいたが、どの子も快活だったと覚えている。
 見た目もよく、ファッションにも気を遣い、モデルのバイトをしている柚月と一緒にいても遜色のないような、スクールカーストというものがあるならば上位ランクの子ばかりだ。

 けれど悠斗だけは違っていた。
 外見はどちらかというと野暮ったく、華やかな仲間のなかで悠斗だけが一歩下がったポジションにいたような気がする。

 クラブで収穫した野菜を調理するとき、ときどき家庭菜園部のメンバーが家に集まった。
 ほとんど悠斗ひとりで調理をこなし、ほかのメンバーは試食係という構図ではあったが、悠斗はとても楽しそうだった。

 幼さの残る顔をした男子高校生が巧みにフライパンを操る姿は、当時すでに社会人として働いていた瑞希の目に新鮮に映った。

 悠斗は小料理屋を経営している祖母の家に住んでいて、賄い作りと食器洗いは自分の役目なのだと教えてくれた。
 高校生とは思えないほどしっかりしていて、家のことはなにもしない柚月に爪の垢を煎じて飲ませたいと思った。
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