ただ、そばにいて。
 鷹森の顔が思い浮かぶ。

 あの人はいつも左手の薬指の指輪を隠すことなく、瑞希と過ごした。
 それは、瑞希がそういう女だと判断していたからだ。
 ほんとうはただ、鷹森が淋しそうだったから一緒にいたのに。

 心のなかが、ほの暗い感情で満たされていく。
 姉である瑞希を都合よく扱う柚月にも、無意識に人を傷つける悠斗にも腹が立った。

 安心してうちにいていいよ? 
 留守にしている柚月が、それを言うのか。
 困っている人を放っておけない性格というのを、褒め言葉だと思っているのか。

 誰かに依存することがあたりまえになっている柚月。
 柚月の声を聞いた途端に安堵の表情を浮かべた悠斗。

 自分はそんなにいい人間じゃない。
 トラブル避けたいだけで、利用されても平気でいられるほど自尊感情は低くない。
 ――それを知らしめてやろうか。

 けれど口から出たのは、感情とは反対の言葉だった。

「柚月の思いつきに振り回されることはよくあることだし、そういう意味では慣れてるかもね。恋人はいないから、しばらくここにいてもいいわよ」
「でも……」
「ただし、条件がある」

 悠斗は驚いた顔で瑞希を見た。
 条件を出されるということは想定外だったらしい。

「ひと晩だけなら善意で泊めてあげられるけど、それ以上となると対価を求めてもいいでしょう? きみももう社会人だからわかると思うけど、世の中ギブアンドテイクで成り立っているのよ」

 瑞希が言わんとすることを、悠斗も察したようだった。

「なにか仕事をしろ、という意味ですね」
「そういうこと。あなたの経済状況はさっき聞いた。だから、滞在費用は労働で返して」

 わかりました、と悠斗は言った。

「やってもらうはふたつ。ひとつ目は、朝食と夕食を作ること。昼は仕事先で適当に済ますからいいわ。材料費は私が出すから、買いものから調理、後片づけまでをお願いします」

 悠斗は「はい」と明るい声で返事をした。

 料理は悠斗の得意分野だ。昔食べさせてもらった料理もとてもおいしかった。
 プロになった今では、もっと手の凝った料理が作れるだろう。
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