ただ、そばにいて。
 悠斗は瑞希を起こさないように気を付けながら、そっとベッドを抜け出す。

 リビングにある暖房のスイッチを入れ、ポットで湯を沸かした。
 この家で暮らす条件のもうひとつが、瑞希のために食事の用意をすることだった。

 悠斗は荷物のなかから自分のエプロンを取り出した。
 調理場に立つと、自然と気持ちが引き締まる。

 パントリーにある食材は昨日のうちに確認しておいた。
 冷凍ストッカーをのぞいてみると、ファミリーサイズのバニラアイスクリームが入っていた。ミックスベリーも奥底に眠っている。
 冷蔵庫のなかには瑞希が仕事がえりに買ってきたイチゴがあった。粉類も十分だ。
 ならば朝食のメニューはあれにしてみようか。

 悠斗は調理道具と材料をキッチンに並べた。
 瑞希の家のキッチンは対面式で、シンクもワークトップも広々としている。
 おまけにIHではなくガスコンロ、しかも火力の強いプロパンなのが嬉しい。
 背面に作業スペースを兼ねた食器棚があり、きちんと整理整頓されている。
 高校時代もここに立って料理をしたことがあるが、使い勝手はかなりいい。

 悠斗は薄力粉を量ってふるいにかけ、卵を割り、卵白と卵黄を別々のボウルに入れた。
 まずはメレンゲ作りだ。

 専門学校のころは手作業で泡立てるのが苦手だった。
 けれどいまではコツも覚え、短時間できめの細かいメレンゲを作ることができる。
 機械を使えば楽なのだが、微妙な質感はやはり自分の手じゃないと作り出せない。

 無心で卵白をかき混ぜているうちに、額に汗がにじんできた。
 角が立つくらいのメレンゲができあがったので、量っておいた薄力粉と卵黄、ベーキングパウダー、それに牛乳を入れてさっくりと混ぜ合わせる。
 あたためておいたフライパンにアルミホイルで作った焼き型をのせ、生地を流し込んでじっくり火を通す。
 焼いているあいだにサラダも作る。

 ふつふつと浮かび上がってくる空気の粒は、まるで生き物のようだ。
 甘い香りがあたりに立ちこめ、それだけで悠斗は幸せな気分になれた。
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