ただ、そばにいて。
 ダイニングテーブルを拭いて食事の準備をしていると、瑞希がリビングの端にある階段に姿をあらわした。
 フリースのルームウェアの上にざっくりとしたカーディガンを羽織っている。

「おはようございます」

 瑞希は階段の途中でびっくりしたように足を止めた。
 そして悠斗の顔をしばらく眺め、「ああ、そうだったわね」とひとりごとのように呟いた。
 そそくさとバスルームに姿を消す瑞希を見て、なんだかくすぐったい気分になる。

 生地が焼きあがるころ、着替えを済ませた瑞希がリビングにやってきた。
 一流の客をもてなすように、悠斗はダイニングテーブルの椅子を引いた。
 無意識にしてしまったことではあったが、それを見た瑞希が驚いて目を丸くした。

「そんなこと、べつにしなくていいのよ」

 瑞希は戸惑っているようだった。店ではあたりまえのサービスで、柚月ら女友達にやってみても喜ばれたのだが、瑞希はあまり好きではないらしい。

「すみません。気を付けます」
「ああ、そういう意味じゃないの。自分の家のようにくつろいでほしいってこと。普段はこんなことしないでしょう」

 瑞希は悠斗を客人として扱ってくれるつもりらしいが、悠斗は住み込みで働く使用人の役目に徹しようと思っていた。

 悠斗のナップサックには、昨日のうちに瑞希から渡された食費の入った封筒がある。
 一万円札が五枚。食費の件は瑞希自身が言いだしたことだし、悠斗自身もたいした現金を持ち合わせていない。
 だが渡されたお金はなるべく使わないでおこうと思っていた。

 極力この家にある食材で賄う。
 時間さえあれば工夫次第で美味いものはできる。
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