ただ、そばにいて。
 建物の裏にまわると、二階のアパート部分に続くむき出しの階段がある。
 その下で、男がひとり、ビールケースに腰掛けてタバコをふかしていた。

「よぉ、悠斗」

 男はタバコを指に挟んだまま右手をあげ、悠斗に挨拶した。
 ビストロの店長である篠崎だ。

 三十代なかばの浅黒い肌をした長髪の男で、女にモテる。
 笑うと目じりと口もとの皺が深くなり、まじめなときの顔つきとギャップがあっていいのだそうだ。
 結婚は二回。けれどどちらも相手に逃げられたらしい。

 悠斗は学生時代、野菜の直売所でアルバイトをしていたことがあった。
 篠崎はそのときの客で、はじめて会ったときから不思議と気が合った。
 そして専門学校を卒業すると同時に、シェフとして悠斗を雇ってくれた。

 女関係は誉められたものではないが、料理の腕と気さくな人柄に悠斗は惹かれていた。

「2号店をオープンさせるときは、おまえに任せるからな」

 厨房で一緒に仕事をしていると、篠崎はいつもそんなふうに笑顔で言った。
 だから篠崎の夢はイコール悠斗の夢でもあった。

 店が火事になったと聞いたとき、悠斗は自分の部屋のことよりも先に篠崎の心配をした。
 この店は篠崎の家であり、宝だったからだ。


「連絡ありがとうございました。大変なときに留守にしてしまってすみませんでした」

 悠斗が詫びると、篠崎はタバコを地面に落とし、靴の先で踏みつけた。

「謝るのはこっちのほうだ。おまえの部屋まで巻き込んでしまって、申し訳ない」
「いえ……たいしたものは置いていないので大丈夫です」

 それでも悠斗の大事な居場所だったけれど、その言葉は胸にしまっておいた。

 篠崎は、いつもと同じように見えた。
 もっと落ち込んでいるかと思ったのに、意外と平気そうだ。

 いや、そんなことはないか。
 篠崎は普段から、従業員の前では決して弱音を吐かない。

 悠斗は二階のアパート部分を指さした。

「部屋の片付けをしようと思って。昨日まで立ち入り禁止だったから。篠崎さんは?」
「保険屋と待ち合わせ。査定が終わったら後始末するから、おまえも手伝え」
「はい」
「コンクリート造りで延焼はしなかったが、消防車が水ぶっこんだから悲惨だと思うぞ」
「覚悟しときます」

 篠崎は二本目のタバコに火をつけ、じゃああとで、と手を振った。
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