ただ、そばにいて。
 悠斗は階段を上がり、いちばん奥にある自分の部屋へ向かった。

 ナップサックのポケットから鍵を取り出し、ドアノブに差し込む。
 いつもどおりにカチャリと音を立てて扉が開くのがなんだか不思議だった。

 玄関のなかは旅行前と変わっていなかった。
 普段履いているシューズやサンダルが、タイルの床に整然と並んでいる。
 通路側はあまり火事の影響を受けなかったらしく、水に濡れてさえいない。

 悠斗は左側の壁にあるスイッチを押してみた。
 明かりはつかない。
 配線が切れたか、もしくは建物全体に送電されていないのかもしれない。

 スリッパに履き替えて玄関に上がる。
 奥の部屋から漏れている光を見て、もしかしたら想像していたほど酷い状況ではないのだろうかと、悠斗はかすかな期待を抱いた。

 だが部屋の扉を開けた悠斗は、変わり果てた部屋を見て言葉を失った。

 窓ガラスは割れ、破片が四散している。
 水浸しですっかり色が変わってしまった絨毯。
 窓に近い壁際に置かれたベッドに触れると、布団は寒さで凍っていた。
 出かける前と同じように家具が並んではいるが、まるで廃墟だ。

「ひどいにおいだな」

 現実味がなくて、悠斗はしばらくのあいだ部屋のまんなかで立ち尽くした。
 おかしくもなんともないのに、なぜか笑いが込み上げてくる。


 なにから始めたらよいか途方に暮れたが、とりあえずガラスの割れた部分にダンボールをあて、ガムテープで固定した。
 部屋のなかが暗くなると、ますます陰鬱さが増した。

 貴重品の類いは奇跡的に無事だった。
 通帳や印鑑、いままで書きためていた料理のレシピ帳。それらをすべてナップサックに放り込む。

 濡れた服はコインランドリーで洗濯することにした。
 電化製品はおそらく全滅だろう。
 汚れた絨毯、壊れた電化製品、濡れた雑誌、処分するものをまとめて玄関の外に置く。

 たいしたものは置いていないと篠崎に言ったのは自分自身だけれど、ほんとうにたいしたものがなかった。
 でも、大事な居場所だった。

 これから自分は、どこに行けばいいのだろう。
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