最後の恋
彼はマンション入り口へと足を進めながら、ズボンの後ろポケットから取り出したスマホを見て突然ピタリと歩みを止めた。


私の位置からは彼の顔はもう見えない。


彼が今、どんな表情をしているのかも分からない。


だけどどこかに電話をかけている彼の様子に、胸がドクッと大きくなった。


直後、膝に乗せられたバッグの中からブーブーと着信を知らせる振動が体を伝う。


画面を見なくても直感で彼だと感じた。


昨夜の着信履歴にでも気づいてかけてきたのだろうか。それとも、私がメッセージを読んだことに気づいた?


バッグの中で鳴り続けるスマホを取る手が緊張で震える。


画面に表示されていたのは、やっぱり彼の名前だった。


スマホを耳に当て私が出るのを待っている彼の姿をもう一度視界の端に入れ、手元のスマホを持つ手に力が入ると胸までが掴まれたようにぎゅうっと苦しくなる。


手の中で主張し続けたスマホを、ゆっくりと耳元へ運んだ。
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