レス・パウダーレス
レス・パウダーレス

°。


--いいなぁ。

そういった気持ちになるのは、それがもう取り戻せない物だからなのだろう。

二度と。もう二度と。



基本、ファンデーションの重ね塗りはしない。

……というのが、わたしの化粧直しにおけるルールだ。

油とり紙でTゾーンのテカッと光るものを吸い取ったあと、パウダーを軽くのせる。小鼻まわりだけしっかり押さえる。

たくさん試した結果、それが二十代後半の自分の肌に一番合った方法だったから。

ファンデーションと比べると、パウダーは軽い。

でも、一日の仕事を終えてたどり着いた夜。

疲れや乾燥、その他イロイロを隠すために乗せたパウダーの粒子はどうしても、ひどく分厚い膜のように感じられる。

すだれ。カーテン。仮面。鎧。壁。

この厚い膜は、どれに一番近いんだろう。

中身が隠れる道具の、なにに一番、似ているのだろう。


『もうすぐ着きます』


パコン、と小気味よい音を立ててパフをコンパクトの中にしまったとき、ちょうどそんなメールが届いた。

鏡の中の自分と目を合わせて、髪を撫でる。

だれもいない化粧室を出ると、駅前のロータリーまで足を運んだ。

迎えの車か、それとも送りか。ぐるりと車が一周できるようになっているここは、いつ見ても密度の高い場所だ。

赤いブレーキランプが、時にはそろって、時には身勝手なタイミングで点灯している。

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