スプーン♪
ドライカレー
その声の主は、光野さんだった。隣に居るのは、波多野さん。光野さんは、マユと一緒にランチと聞いていたので、おや?と思った。サトちゃんも同じ事を考えたと思う。お互いに顔を見合わせた。
「渡部さんなら、今頃、プリントを写してると思うけど」
そういう答え合わせなら、ここで食べながら写したっていいのに。
と、そんな事を一瞬でも考えてしまった。恐らくマユなりに、光野さんにどっぷり依存している事を、私達には知られたくなかったのかも。
「お2人、どういう経緯で付き合ってんの?」と、サトちゃんがイタズラっぽい目で2人を眺めた。賑やかなグループの波多野さんと、どちらかというと、おとなしめな優等生グループの光野さん。確かに、意外なツーショットだ。
「それなんだけどねー」と、どこか上の空で髪の毛をクルクルと巻きながら、何より髪の匂いが気になってしょうがない様子の波多野さんに、「じゃ」と、サトちゃんは勝手にサヨナラを告げてクルリと背を向けた。はぁ?と、険悪になりそうな所を、光野さんがグッと近付いてきて、「美味しそうだね」と、私のお弁当を覗きこんだ。「あー、ホントだァ」と、ようやく波多野さんも一緒になって食い付いて来て……というか、サトちゃんを無視した。
「食べる?」と、ドライカレーをスプーンに1口、光野さんに渡すと、「うん」と、光野さんはスプーンを受け取って、口にする。
「美味しい。ねえ、美味しいよ、これ」
お客として……素敵。横の波多野さんは、「さっきお弁当食べたばっかなんだけどね」と、また髪の毛をクルクル。「ノリが悪いオンナ。空気読まねーよ」と、サトちゃんが私にだけ聞こえるようにボソッと呟いた。
「あたし今、減量中でさー」
「え?波多野さん、痩せてるじゃん」
「あー……逝っちゃったよ」
「え?」と、サトちゃんに訊き返すと同時、波多野さんは、ウエストあたりに手を置いて、「そうでもないんだよね。ウェスト60の大台乗ってるし。バレエ教室でもどっちかっつーと太ってる方で。実は、もうちょっと身長が欲しーと思ってて。出来ればあと5センチくらいはね。うぐっ」とか言いながら、ドライカレーを口に運んだ。というか、サトちゃんに無理矢理スプーンを口に突っ込まれたのだ。話の腰を折られた波多野さんは一瞬ムッとして、しかし次第に、その目は遠くを眺めて虚ろになる。
うん!と、波多野さんは大きく頷くと、
「これ超ヤバい。今口さん天才じゃん」
「もう一口ちょうだい」と、またひと口食べた。「なんでもかんでもヤバいとか言うな。あんたがヤバいよ」と、サトちゃんが、またケンカを売りそうになるので、私はサトちゃんの背中をポンと叩いて、
「お客として……扱ってあげようよ」
2人は、私を探していたという。その訳を聞けば、11月の文化祭の話だった。
「3組で何やるか真剣に考えようって事になって。波多野さんが食べ物の模擬店がいいって言うんだけど」
そこで光野さんは、まるで機嫌を窺うみたいにチラと波多野さんを見た。
「今口さんが料理が得意だって言うから。よかったら一緒に考えてくれないかと思って」
思い掛けない依頼だった。

文化祭については、朝のHRとか休憩時間の雑談内で、3組は何となく模擬店に決まり掛けてはいるような動きはあるものの、具体的に何を作るのかという軸が置き去りのまま、今日まで来ていた。思い付きで言いだした波多野さん達が勝手に盛り上がり、ちょー面白いじゃん!で止まってしまうからだけど。
「だーってさ、下手にやる気を見せて、だったらリーダーになれとか、仕切れとか言われたら面倒じゃん」
らしい。
文化祭の件。「私で良かったら手伝う」と快く応じた。
「メニューさ、どういうのがいいか、ちょっと考えてみてくれるかな?」
「うん」
「じゃ、今度打ち合わせしょうね」と、光野さんと次に話し合う期日を決めて、2人は去っていった。
2人が居なくなった途端、サトちゃんは両手をお祈りスタイルで、「おいちい~!」と猫撫で声を出す。
「……かなり盛ってくれたね。あいつら、演技がワザとらしい」
「ひっどーい、その言い方」
波多野さんはともかく、光野さんは純粋に美味しいと言ってた気がするけど。
「つーかさ、波多野をいい気にさせてどうすんのよ」
「だってクラスの事なんだから、協力しなきゃ」
「じゃなくて」と、サトちゃんは、まるで小学生に諭す先生のようにメガネをクイッと上げると、「減量中ぅぅ~って、あれは、あんたへの嫌味でしょ。んで、自分が痩せてる事を強調したいだけ」
「そ、そこまで悪意には思わなかったけど」
サトちゃんは波多野さんに厳しい。ものすごく。
「てゆうか、私、そこまで意識されるほどデブってないよ」と、これだけは言っておかなきゃ。
「1番の敵は、自分の身近に置く……か」
一瞬、サトちゃんが何を言ったのか、分からなかった。「あの光野さんの事だよ」と聞いても、こっちは何だかサッパリ分からない。「何の事?」と、さらに追求した所、サトちゃんは訳知り顔で、
「岩崎のウケが良いから、波多野がかなり警戒してるって、マユが言ってた」
そういう意味で、光野さんは波多野さんの〝敵〟であり、今は身近に置いて暴走しないように監視している……と、サトちゃんは言うのだ。
思えば、3組で毎回の小テストは上位3名が定まりつつある。まさに〝神3〟。女子で名前を呼ばれるのは、光野さんだけ。波多野さんにとっては、目の上のタンコブなのかもしれない。
「3組は模擬店かぁ。メグの料理、マジでヤバいから強敵かも」
「サトちゃんの5組は何やるの?」
「ヨーヨー釣り」
「そんなの敵でも何でもないじゃん」
「健太郎もがんばってくれんじゃない?ヨメのためにさ。ぽぽぽ」
「話が噛み合ってないよ。えーもう全く。ぽぽぽ」
マユが居ないと、すぐこれだ。サトちゃんに無駄にイジられながら、残りのドライ・カレーを堪能する。

2人は私のお弁当を褒めてくれた。認めてくれた。そして何より、サトちゃんの無視にも嫌味にも負けず、あの波多野さんでさえ〝ヤバい〟と言ってくれた、このドライ・カレー。
〝幸せな気持〟は、美味しいものと混ぜても、一瞬も消えない。そこが悲しみや怒りとは違うのだ。消えるどころか、一緒になって溶け合って、それぞれの喜びを温め合うもの。
この、ドライ・カレー……文化祭メニューの候補に立てようかな。
< 14 / 28 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop