スプーン♪
特製きのこソース掛けのテリヤキ・ハンバーグ
今日のランチタイムは、サトちゃんの計らいでマユと仲直りとなった。
私に無断で先生に渡していたお弁当の件を、マユは「ごめんね」と謝ってくれたから、自分の中では、もうそこで怒る気は失せている。ただ一点、あのように軽く扱われたお弁当の件を除いては。
「岩崎って、そんなに良い?」
サトちゃんの問い掛けに、マユは素直に頷いた。どこが?と訊くのは止めておこう。この状況で、そこを熱く語られても困るし。偽って渡されたお弁当。その暴走の理由を問いただすと、「あたし、焦っちゃって」と、マユは俯く。
「波多野は前からだけど。光野さんなんてさ、最近、岩崎先生の塾に通い始めたみたいで」
これから塾だから、と別れた日を思い出す。あれは岩崎先生の塾の事だった。
「その2人が共謀して、文化祭の模擬店、先生に超美味しいご飯を作るとかって。一緒に食べようって誘ってるのを聞いちゃって」
「え?でもそれって」
「そう。サトちゃんに聞いたら、光野さんと波多野が、いつの間にかメグを味方に引き入れてるから」
まさか。
あれは純粋に文化祭の……それだけだと思ってた。今思えば変。
光野さんと波多野さん、どう見ても真反対のキャラの2人が仲良くお願いにやってくるなんて、おかしい。利害が一致したと考えたら頷ける。
「強敵現るって感じ。2人がどうこうより、メグのご飯がヤバいよ。マジで美味しいもん」
「そうでもないよ」
先生本人が、そう言ってたよ……口惜しいから口には出さなかったけど。
「先生にはちゃんと彼女がいるって、ちゃんとちゃんと分かってるんだけど」
マユは天を仰いだ。
ライバルはどんどん増える。彼女がいるという現実がある。語れば語るほど、改めて報われない恋なんだと……マユは、自分で呟きながらドンドン沈んでいくのだ。そのうち、どん底まできてしまったのか、言葉を無くして黙り込んでしまう。果てしなく落ち込むマユに「食べよっか?」とお弁当を広げて見せた。
「もう怒ってないよ。てゆうか最初から怒ってない」
それを言ったからか、それとも特製ソースがたっぷり掛かったハンバーグに心奪われたのか、マユに笑顔が戻った。それを見届けて、ホッとして、ナプキンを広げる。

「メインは、特製きのこソース掛けのテリヤキ・ハンバーグ」
ごはんは、栗の炊き込みご飯。昨日の残りだけど、さつまいもの天婦羅を添えている。サラダは、レタスとトマトと魚肉ソーセージを千切って、ドレッシングで和えたもの。温かいコーン・ポタージュ・スープは即席だけど、牛乳と生クリームを黄金比率でブレンドした逸品だ。デザートは、栗のモンブラン。
「卵はハンバーグに混ざってるし、デザートにも使ってるし。今日は脇役で」
「いつになく豪華じゃん」
「分かる?」
マユと仲直り。その意味を込めて、いつもより1品多くしたのだ。
まさか影で料理が利用されていたなんて、複雑な気持ちである。マユもあの2人も、美味しい物をそんな事に利用するなんて、お客として……不純だ。
不純だけど、真剣。もし美味しいと評判のお店があったら、私だって好きな人を連れて行きたいと思うだろうし。だから、その気持ちも分かる気がするし。
「先生、今でも彼女と一緒かなぁ」
マユの頭からは、岩崎先生が離れない。例え目の前にどんなに美味しそうなハンバーグが並んでも。
「だって、そのために引越したんでしょ?」サトちゃんが訳知り顔で、「岩崎って自宅が隣町で、バス使っても30分掛かんないって言うじゃん」
岩崎先生はウチの卒業生なのだ。当然、自宅だって近い。
「そんなの普通家から通うよ?わざわざ家を飛び出すには、何か理由があるんじゃない?熱烈同棲中とかさ」
サトちゃんが言うと、確実のような気がする。フフッ、先生の人気は長持ちしない。マユに隠れて、自分はそっと青白く笑った。
マユはご飯を口に運ぶ。
「この焚き込み、美味しいね!」
岩崎あるあるは見事に中断した。マユの、一瞬で溢れた鮮やかな笑顔に、こっちの肩の荷が下りた心地がする。
栗ご飯は、栗の量を考えての水加減が難しい。今回は大成功なのだ。
「栗は1つ1つ皮を剥いたんだよね。これが結構大変なんだぁ」
秋だから、栗ご飯。飾りに紅葉したモミジを添えた。栗はモンブランにも贅沢に使っている。持ち帰ってもいいと思って12個も作った。マユのため。
それなのに。
「これさ、先生に持っていって。あたしが作った事にしちゃったりして」
「え?え、え、え、えぇー……」
唖然とするしかない。
「マユ、あんた本当に反省してるの?」とサトちゃんが、私の代わりに突っ込んでくれた。「だーってー」と、マユの言い訳が終わるか終らないうち、「あれ?」と、サトちゃんがおもむろに指をさす。その方向を見て、マユが立ち上がり、「先生!」と1オクターブ高い声を上げた。

植え込みを越えたら、思いがけず3人の女子が居て、と……あっちも、さすがに驚いている。だが、こっちも負けずに驚いた。最初、誰かと思った。
「岩崎クン」と、マユが手を振っても、思いっきり相手を間違えてると信じて疑わなかった。あの姿で、よく分かったなと感心する。
岩崎先生はメガネだった。銀ブチ。そして、顔も頭も格好も〝素〟だった。
いつもの高価そうなスーツからは想像もつかない。ブランドなんか影も形も無い。寝グセも有り。今起きたばかり?もしかして、それウチの兄貴と同じですよ!そんな上下ジャージ姿。これまた何だか疲れてる様子。すでに人生が終わってる感じで。顔なんて、無精ヒゲとも言えない、単に手入れしていないだけと思える中途半端な長さが……やけにオヤジ臭いんですけど。
「おう」と手を上げて、先生はこちらに近付いて来た。知らない人が見たら、変質者の侵入だ。こういうプライベートは秘密にして欲しい。世の中のため。
「メシだ。メシ。メシ」
〝素〟の勢い、岩崎先生はいつもの自分が止まらないらしい。普段からは想像もつかない雑な物言いである。サトちゃんとマユはそのギャップに混乱して、しばらく口が利けないでいるのだ。
岩崎先生に、「休憩って、まだ時間ある?」と聞かれて、マユは弾かれたように、「あ、う、お昼休みに入ったばっかだよ」と、しどろもどろに答えた。「うし」と持っていたコンビニ袋を置くと、先生はサトちゃんのすぐ側に腰かける。
「どうしちゃったんですか。その格好」
色々な意味を込めて訊ねた。
「さっきまで家で仕事。そのまま学校。5時間目の授業へは間に合った」
それはいいですけど、まさか、ここに居座るの?
サトちゃんは立ち直ったすぐさま、「先生独り?彼女と今まで家でまったり?」
「まったり……3組を採点してたよ」
そんな話は1番困ると、私は慌ててサトちゃんの後ろに引っ込んだ。早速、岩崎先生は彼女と同棲をマユに直球で突かれる。「誰が言ってんの。そんな事」と岩崎先生は怪訝そうに顔をしかめた。「メシがマズくなる」と、お世辞にも美味しいとは思えない、冷たいポテトを口に放り込んで。
「そうだよ。何言っちゃってんの。違うって」と思い掛けずサトちゃんの援護に、先生の表情は一瞬緩んだけれど、「それは彼女じゃなくて塾の子でしょ?女子高の3年で、遅くなった時、先生ん家に泊まってんだよね?」
無邪気な笑顔を向けられて、秒殺、岩崎先生はポテトを吹いた。
「なんちて。カマかけてみましたぁぁぁ」
サトちゃん大物だ。本気で怖いものなし。
「おい」
岩崎先生は、まるでタマネギを丸かじりで目頭がキーン、という表情で頭を抱えると、「冗談でも学校でそんな事言わないでくれよ。学校を追い出されたらどうすんだよ。頼むよ、ホント」
本気で危機感、感じたらしい。岩崎先生本人から、同棲も(塾生・連れ込み疑惑も)嘘だと聞いて、マユにはキラキラと笑顔が甦った。
< 17 / 28 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop