スプーン♪
愛情たっぷりのサンドイッチ
私は、サル以下。
「今口さん、このxの値は?」
「x=3……ですよね?」
「こっちが聞いてるんだよ」
思わず、ため息をついた。(お互いに)
「+3を移項させるからxは-3。サルでも分かるね」
クラス中に笑われて、まず眠気が吹っ飛んだ。遅れて、サル以下の扱いにムッとくる。
「私だって分かってます。それぐらい」
「やる気満々だね」
「……そうでもないです」
岩崎先生はフンと鼻で笑った。
「キレッキレのその調子で、勉強の方も頑張らないと」
大っ嫌いだ。店が狭いとかメニューが古いとか、味以外の事に文句ばっかりのお客さんなんて。先生は、まるでそういう人種だと思う。
「読書の秋。芸術の秋。そう言えば、模擬試験3回目の秋だね」
クラス中から溜め息がもれた。確かに、全員参加の模擬試験が文化祭後に控えている。模擬試験は秋だろうが夏だろうが、やってくるもの。食欲の秋が飛ばされるとは考えてもみなかったけど。
ランチタイムは、マユが戻って来て3人組が復活。
しかし、そこにまたしても大きな異変が起きていた。
「お、居た居た」
何故か……岩崎先生が現れる。
やってきた先生を見て喜ぶのはマユだけだ。
今日はサンドイッチ。本日の卵は、定番の卵サンド。ポテサラサンドにはお惣菜の買い置きを使っているけれど、サラダ菜を挟めば野菜感がアップする。そして、サイドメニューと呼ぶには存在感あり過ぎの肉団子は、ド真ん中にチーズを仕込んであった。
「あ、先生。今日はぁ、愛情たっぷりのサンドイッチでぇ~っす。きゃ」
……本当に、反省してるんだよね?
疑い満々で、下からマユを眺めた。
岩崎先生は「お」とノリノリで、卵サンドを掴むと、1個をひと口で平らげた。大人の威厳を全く感じない。まるで〝お子様〟。
そこで製作者に感謝の意を述べるかと思いきや、それどころか。
「今口は授業を全然聞いてない。あれだけ言ってんのに予習も復習もやって来ないだろ」
友達が側に居るっていうのに、岩崎先生の説教には容赦なかった。マユは、友達の苦悩にはお構い無し、次々と勝手に当たり前のように、自分の肉団子を岩崎先生に恵んでいる。反省無し、決定。
「授業はちゃんと聞いてますよ」
「そうかな。あれだけ恥ずかしい思いをした筈なのに、移行のルールを、もう忘れてる」
そこで今日のプリントを返された。確かに、1問そのルールを忘れて△が付いている。
「移項すれば+は-に変る。こんな愉快な常識を何で忘れちゃうかな。本番、△なんか無いんだぞ。それだけで点が取れないなんて、も」
もったいない……恐らく、そう言い掛けた所で、岩崎先生の動きはピタッと止まった。マユが寄越した肉団子を、勢いで口にブチ込んだはいいけれど、そのジューシーな旨さに、秒殺。たれのフルーティーな味わいに、悶絶。
その口元からは、溶けたチーズがたれと一緒になって、とろりと漏れて……それをマユに指摘されて、笑われて、慌てて手の甲で拭った。それを見て、サトちゃんがプッと吹き出す。これじゃ、お子様を通り越して、赤ん坊だよ。
そのまた次の日も……岩崎先生はやってきた。
今日は、課題を集めるとか配り物を頼みたいとか、姑息にもそんな用事のついでを装ってやって来た。本来の目的はそっちのけでお弁当を覗きこもうとする。もう絶対、狙っているとしか思えない。そして、私がランチボックスを開けるや否や、その色合いだけで、先生はヤラれた。虚ろな目の先生を、しばらく、ふん!と上から見下して、私の勝ち。
江戸の仇を長崎で討つとばかりに、授業で受けた屈辱をランチで返している。
そのまたその次の日も、先生はやって来た。
「そういや文化祭の準備って、あれからどう?どのくらい進んでる?」
今日は、そういう作戦で来たか。
まるで取って付けたみたいな言い訳。ここに来て、教師としての威厳を取り戻したいらしい。文化祭、先生の手伝いは要らないと、公式に!伝えた筈だ。
重ねてそれを言えば、
「状況ぐらい聞いてもいいだろ」
「そうだよねー」とマユが頷く。「そうかもね」とサトちゃんは笑う。
「3組で調理担当の光野さんと話し合ってます。まだメニューを決めてる最中で。これから打ち合わせして」
明日、レシピを見て決めようという事になっていた。
何を、どう、まとめようかな。
何を作ることになっても材料にかなりお金も掛かりそうだ。その値段も決めなきゃならない。生徒会からの補助金、大事に使おう。何人分?かなり大量。それは覚悟した。何の料理になっても仕込みは前日からだな……頭の中でカチャカチャと数字が動く。
「うん、これヤバい」
「美味しいっ。マジで神だね」
「うどん?これが?」
岩崎先生は、不思議そうに、飴色のスティックを眺めた。こっちがボーッと考え事している間に……結果として、岩崎先生がデザートをつまみ食いするのを黙認してしまう。本日のデザートは、うどんでこしらえた〝かりんとう〟だ。テレビで見て、作り方を覚えたお菓子だった。
程良い大きさにうどんを切って、小麦粉、サラダ油をたらして、オーブントースターでカリカリに焼く。その後、黒砂糖と水を混ぜた液体をからめて、混ぜるだけ。きしめんで作ると、食感がこれまた最高!
この日、岩崎先生の偵察は、文化祭の進捗状況だけでは済まなかった。私達は3人とも家族の事やら進路の事やら、根掘り葉掘り探られた。私は家族の詳しい説明を避けて、「色々あって、今は兄貴と2人暮らしです」と、それだけを言えば、そこだけ岩崎先生の反応が微妙だった。〝親の居ない、哀れな兄妹〟と誤解された気がする。こっちも特に否定しなかった(ワザと)。
横で、サトちゃんがクスクス笑う。
マユは、岩崎先生を独占できる喜びにずっと浮かれていた。教室では出来ない話も出来ると、マユはまたしても同棲していない彼女の事を突いている。ちょっとしつこいような気もする。先生は、彼女の存在は軽く認めたものの、困りながら必死になって話題を変えようとしているように見えた。
「日向さん、大学は何処を受けるつもり?」
サトちゃんはあっさりと誤魔化されて、「出来れば国立に行きたいっすけど」と答えた。進路の話になれば当然、成績の話にもなる。そこだけ、私はサトちゃんの背中に隠れた。どういった教科で臨むのか、どんな勉強をすればいいか、問題集の選び方、模擬試験、国立対策……サトちゃんと真面目な話に埋もれている。現場の最前線。塾で今も教えている先生は、進学を目指す子には強い味方かもしれない。
「日本史とか、なんだかなぁ~」
覚え事は苦手だと、サトちゃんが弱音を吐いた。
「1つの参考書を決めて何度もやること。1度決めた参考書は絶対に変えないこと。何度も読んでるうちに写真とか年号が、頭に自然に浮かんでくるようになるから」
「それ本当ですか?」
私は、疑い満々で聞いた。
「マンガなんか、何度も読めばセリフなんか覚えちゃうだろ」
それには、どこか説得力があった。大好きな浜内千波先生の料理本。もう何度も繰り返して読んでいる。調味料のボトル、お皿の模様、浜内先生の着ていたエプロンまで、しっかりと記憶にあった。
「僕は参考書じゃなくて教科書だった。授業中に先までずっと、何度も繰り返して読んでたよ」
「それって内職ってことですよね」
卑怯者!と、ひっそりと振りあげた拳を、これまたひっそりと引っ込める。
だって……選択授業に備えて、マユは相変わらずガンガン内職しているのだ。1時間目から、ずっと、ずっと。
はちみつ入りのミルクティーをカップに注ぐと、「志望校は……」と先生が言い掛けたのを最後に、会話は宙に浮いた。
今日のように、また少し寒さの進んだ日。温かい飲み物の湯気は優しく香り、はちみつの風味はやわらかく誘う。進路の色々は見事に中断する。
「たまんねぇな」
岩崎先生の乱暴な言い方は、いつかのようだった。まさか元ヤン?
そういえばブランドスーツと同じ位、ジャージがよく似合っていたし。
「あれ?僕には?」
ありません。「あたしのあげようか?」と差し出すマユを、「あ、ウソウソ」と、先生は止めて、
「もういいよ。十分、美味かった。ちょっとずつでも結構お腹いっぱいだな」
「ちょ、ちょっとどころじゃないでしょう!」
話している間中、岩崎先生は、かりんとうを引っ切り無しにポリポリとつまんだ。結果、消滅。
「持ち帰ろうと思ってたのに。おやつが無くなっちゃったじゃないですか。私もう勉強できないかもしれません」
「あはははは」
「サトちゃん、私全然面白いこと言ってないよっ」
そして、そのまた次の日のランチタイム……いつもの木陰に落ち着いて、私はまず周囲を窺った。辺りを見回しながら、ゆっくりとランチボックスを開く。
今日、卵はミートローフに使っている。切り割ると、黒・白・イエローの断面模様は、悪魔的に美しい。ランチ・ボックスはこの一品で劇的に華やかになる。満腹感もハンパない。お肉はそれほど使っていないのに、ハンバーグにも負けないボリュームがあった。「味噌汁付きだよ」
……先生は今日もやって来るんだろうか。
デザートは、ちょっと手間を掛けて、黒糖プリン。
だけどこの日、ランチタイムに岩崎先生は現れなかった。学校に来ていない筈は無い。この後の5時間目は3組で授業がある。普通に仕事が忙しいとか。また倉田先生にコキ使われているとか。理由は色々あるだろう。
だけど……せっかく、昨夜からみっちり仕込んで、そしていつもより早起きしてこしらえてきたというのに。まるで肩透かしを食らった気分である。
たとえ岩崎先生は居なくても、数学とは切っても切れない運命ようで。やっぱりというか、サトちゃんとマユの2人は、さっそく課題を広げていた。
「課題が、まったく多くて大変だよぉ」とマユが泣き言を言えば、「〝ボクについてくれば偏差値も実力も絶対上がる。一緒に頑張ろうゼ〟」と、そんな返り討ちを喰らったんだと。さっそく岩崎先生の言ったやったの色々を、サトちゃんの物真似で報告された。
「最近やっと似てるような気がしてきたよ」
マユはとうとう塾にまで通い始めた。岩崎先生に焚き付けられて、恋の炎と共に、やる気にまで火がついた様子である。
何となく口惜しい。先生は、あれだけツマミ食いするからにはその見返りと言うか……たまには私の料理にダメ出し頂戴してもいいのに。
どういう所が〝そうでもない。お子様の味〟なのか。その辺りを、とくと聞きたい。そうすれば、私の料理偏差値だってグングン上がるはずだ。
「今口さん、このxの値は?」
「x=3……ですよね?」
「こっちが聞いてるんだよ」
思わず、ため息をついた。(お互いに)
「+3を移項させるからxは-3。サルでも分かるね」
クラス中に笑われて、まず眠気が吹っ飛んだ。遅れて、サル以下の扱いにムッとくる。
「私だって分かってます。それぐらい」
「やる気満々だね」
「……そうでもないです」
岩崎先生はフンと鼻で笑った。
「キレッキレのその調子で、勉強の方も頑張らないと」
大っ嫌いだ。店が狭いとかメニューが古いとか、味以外の事に文句ばっかりのお客さんなんて。先生は、まるでそういう人種だと思う。
「読書の秋。芸術の秋。そう言えば、模擬試験3回目の秋だね」
クラス中から溜め息がもれた。確かに、全員参加の模擬試験が文化祭後に控えている。模擬試験は秋だろうが夏だろうが、やってくるもの。食欲の秋が飛ばされるとは考えてもみなかったけど。
ランチタイムは、マユが戻って来て3人組が復活。
しかし、そこにまたしても大きな異変が起きていた。
「お、居た居た」
何故か……岩崎先生が現れる。
やってきた先生を見て喜ぶのはマユだけだ。
今日はサンドイッチ。本日の卵は、定番の卵サンド。ポテサラサンドにはお惣菜の買い置きを使っているけれど、サラダ菜を挟めば野菜感がアップする。そして、サイドメニューと呼ぶには存在感あり過ぎの肉団子は、ド真ん中にチーズを仕込んであった。
「あ、先生。今日はぁ、愛情たっぷりのサンドイッチでぇ~っす。きゃ」
……本当に、反省してるんだよね?
疑い満々で、下からマユを眺めた。
岩崎先生は「お」とノリノリで、卵サンドを掴むと、1個をひと口で平らげた。大人の威厳を全く感じない。まるで〝お子様〟。
そこで製作者に感謝の意を述べるかと思いきや、それどころか。
「今口は授業を全然聞いてない。あれだけ言ってんのに予習も復習もやって来ないだろ」
友達が側に居るっていうのに、岩崎先生の説教には容赦なかった。マユは、友達の苦悩にはお構い無し、次々と勝手に当たり前のように、自分の肉団子を岩崎先生に恵んでいる。反省無し、決定。
「授業はちゃんと聞いてますよ」
「そうかな。あれだけ恥ずかしい思いをした筈なのに、移行のルールを、もう忘れてる」
そこで今日のプリントを返された。確かに、1問そのルールを忘れて△が付いている。
「移項すれば+は-に変る。こんな愉快な常識を何で忘れちゃうかな。本番、△なんか無いんだぞ。それだけで点が取れないなんて、も」
もったいない……恐らく、そう言い掛けた所で、岩崎先生の動きはピタッと止まった。マユが寄越した肉団子を、勢いで口にブチ込んだはいいけれど、そのジューシーな旨さに、秒殺。たれのフルーティーな味わいに、悶絶。
その口元からは、溶けたチーズがたれと一緒になって、とろりと漏れて……それをマユに指摘されて、笑われて、慌てて手の甲で拭った。それを見て、サトちゃんがプッと吹き出す。これじゃ、お子様を通り越して、赤ん坊だよ。
そのまた次の日も……岩崎先生はやってきた。
今日は、課題を集めるとか配り物を頼みたいとか、姑息にもそんな用事のついでを装ってやって来た。本来の目的はそっちのけでお弁当を覗きこもうとする。もう絶対、狙っているとしか思えない。そして、私がランチボックスを開けるや否や、その色合いだけで、先生はヤラれた。虚ろな目の先生を、しばらく、ふん!と上から見下して、私の勝ち。
江戸の仇を長崎で討つとばかりに、授業で受けた屈辱をランチで返している。
そのまたその次の日も、先生はやって来た。
「そういや文化祭の準備って、あれからどう?どのくらい進んでる?」
今日は、そういう作戦で来たか。
まるで取って付けたみたいな言い訳。ここに来て、教師としての威厳を取り戻したいらしい。文化祭、先生の手伝いは要らないと、公式に!伝えた筈だ。
重ねてそれを言えば、
「状況ぐらい聞いてもいいだろ」
「そうだよねー」とマユが頷く。「そうかもね」とサトちゃんは笑う。
「3組で調理担当の光野さんと話し合ってます。まだメニューを決めてる最中で。これから打ち合わせして」
明日、レシピを見て決めようという事になっていた。
何を、どう、まとめようかな。
何を作ることになっても材料にかなりお金も掛かりそうだ。その値段も決めなきゃならない。生徒会からの補助金、大事に使おう。何人分?かなり大量。それは覚悟した。何の料理になっても仕込みは前日からだな……頭の中でカチャカチャと数字が動く。
「うん、これヤバい」
「美味しいっ。マジで神だね」
「うどん?これが?」
岩崎先生は、不思議そうに、飴色のスティックを眺めた。こっちがボーッと考え事している間に……結果として、岩崎先生がデザートをつまみ食いするのを黙認してしまう。本日のデザートは、うどんでこしらえた〝かりんとう〟だ。テレビで見て、作り方を覚えたお菓子だった。
程良い大きさにうどんを切って、小麦粉、サラダ油をたらして、オーブントースターでカリカリに焼く。その後、黒砂糖と水を混ぜた液体をからめて、混ぜるだけ。きしめんで作ると、食感がこれまた最高!
この日、岩崎先生の偵察は、文化祭の進捗状況だけでは済まなかった。私達は3人とも家族の事やら進路の事やら、根掘り葉掘り探られた。私は家族の詳しい説明を避けて、「色々あって、今は兄貴と2人暮らしです」と、それだけを言えば、そこだけ岩崎先生の反応が微妙だった。〝親の居ない、哀れな兄妹〟と誤解された気がする。こっちも特に否定しなかった(ワザと)。
横で、サトちゃんがクスクス笑う。
マユは、岩崎先生を独占できる喜びにずっと浮かれていた。教室では出来ない話も出来ると、マユはまたしても同棲していない彼女の事を突いている。ちょっとしつこいような気もする。先生は、彼女の存在は軽く認めたものの、困りながら必死になって話題を変えようとしているように見えた。
「日向さん、大学は何処を受けるつもり?」
サトちゃんはあっさりと誤魔化されて、「出来れば国立に行きたいっすけど」と答えた。進路の話になれば当然、成績の話にもなる。そこだけ、私はサトちゃんの背中に隠れた。どういった教科で臨むのか、どんな勉強をすればいいか、問題集の選び方、模擬試験、国立対策……サトちゃんと真面目な話に埋もれている。現場の最前線。塾で今も教えている先生は、進学を目指す子には強い味方かもしれない。
「日本史とか、なんだかなぁ~」
覚え事は苦手だと、サトちゃんが弱音を吐いた。
「1つの参考書を決めて何度もやること。1度決めた参考書は絶対に変えないこと。何度も読んでるうちに写真とか年号が、頭に自然に浮かんでくるようになるから」
「それ本当ですか?」
私は、疑い満々で聞いた。
「マンガなんか、何度も読めばセリフなんか覚えちゃうだろ」
それには、どこか説得力があった。大好きな浜内千波先生の料理本。もう何度も繰り返して読んでいる。調味料のボトル、お皿の模様、浜内先生の着ていたエプロンまで、しっかりと記憶にあった。
「僕は参考書じゃなくて教科書だった。授業中に先までずっと、何度も繰り返して読んでたよ」
「それって内職ってことですよね」
卑怯者!と、ひっそりと振りあげた拳を、これまたひっそりと引っ込める。
だって……選択授業に備えて、マユは相変わらずガンガン内職しているのだ。1時間目から、ずっと、ずっと。
はちみつ入りのミルクティーをカップに注ぐと、「志望校は……」と先生が言い掛けたのを最後に、会話は宙に浮いた。
今日のように、また少し寒さの進んだ日。温かい飲み物の湯気は優しく香り、はちみつの風味はやわらかく誘う。進路の色々は見事に中断する。
「たまんねぇな」
岩崎先生の乱暴な言い方は、いつかのようだった。まさか元ヤン?
そういえばブランドスーツと同じ位、ジャージがよく似合っていたし。
「あれ?僕には?」
ありません。「あたしのあげようか?」と差し出すマユを、「あ、ウソウソ」と、先生は止めて、
「もういいよ。十分、美味かった。ちょっとずつでも結構お腹いっぱいだな」
「ちょ、ちょっとどころじゃないでしょう!」
話している間中、岩崎先生は、かりんとうを引っ切り無しにポリポリとつまんだ。結果、消滅。
「持ち帰ろうと思ってたのに。おやつが無くなっちゃったじゃないですか。私もう勉強できないかもしれません」
「あはははは」
「サトちゃん、私全然面白いこと言ってないよっ」
そして、そのまた次の日のランチタイム……いつもの木陰に落ち着いて、私はまず周囲を窺った。辺りを見回しながら、ゆっくりとランチボックスを開く。
今日、卵はミートローフに使っている。切り割ると、黒・白・イエローの断面模様は、悪魔的に美しい。ランチ・ボックスはこの一品で劇的に華やかになる。満腹感もハンパない。お肉はそれほど使っていないのに、ハンバーグにも負けないボリュームがあった。「味噌汁付きだよ」
……先生は今日もやって来るんだろうか。
デザートは、ちょっと手間を掛けて、黒糖プリン。
だけどこの日、ランチタイムに岩崎先生は現れなかった。学校に来ていない筈は無い。この後の5時間目は3組で授業がある。普通に仕事が忙しいとか。また倉田先生にコキ使われているとか。理由は色々あるだろう。
だけど……せっかく、昨夜からみっちり仕込んで、そしていつもより早起きしてこしらえてきたというのに。まるで肩透かしを食らった気分である。
たとえ岩崎先生は居なくても、数学とは切っても切れない運命ようで。やっぱりというか、サトちゃんとマユの2人は、さっそく課題を広げていた。
「課題が、まったく多くて大変だよぉ」とマユが泣き言を言えば、「〝ボクについてくれば偏差値も実力も絶対上がる。一緒に頑張ろうゼ〟」と、そんな返り討ちを喰らったんだと。さっそく岩崎先生の言ったやったの色々を、サトちゃんの物真似で報告された。
「最近やっと似てるような気がしてきたよ」
マユはとうとう塾にまで通い始めた。岩崎先生に焚き付けられて、恋の炎と共に、やる気にまで火がついた様子である。
何となく口惜しい。先生は、あれだけツマミ食いするからにはその見返りと言うか……たまには私の料理にダメ出し頂戴してもいいのに。
どういう所が〝そうでもない。お子様の味〟なのか。その辺りを、とくと聞きたい。そうすれば、私の料理偏差値だってグングン上がるはずだ。