スプーン♪
オムライスとパスタのコンビネーション。
次の日の事だった。
いつもの3人のランチ・タイム。だけど、今日はその様子がいつもと違った。
今日はオムライスとパスタのコンビネーション。
生みたて卵は、どんなに混ぜ込んでも黄身の鮮やかさが色あせない。定番のケチャップライス。そこに、煮込んで煮込んで煮込んだ、深いこげ茶色のデミグラス・ソースを掛けた。掟破りと言うのかどうか、マユの好きなマヨネーズでハート模様を描いてみた。色も香りも、もちろん味も申し分ない。
それを見て2人は、「わお!」と喜んでくれたけれども、すぐに話題は数学の選択授業に変わった。
ついさっきの事だ。4時間目。選択授業でも岩崎先生に当たっていると大喜びで向かって行った女子が、授業が終わった後、絶望に打ちひしがれて教室に戻ってきた。サトちゃんとマユ、2人共その数学を選択していて、2人は打ちひしがれてはいなかったけれど、どこか戸惑った様子が見て取れる。マユはクラスの数学で岩崎先生の大変さは承知の上と思っていたけれど、それでも圧倒されたみたいで。
「もお、チョ~疲れたぁ!」
マユは、うぎゃーッ!と、足元の芝生に勢いよく崩れた。
「岩崎の選択は、倉田の授業とは比べ物になんないよ。ムズいわぁ」とサトちゃんも嘆く。
〝君たちは自分で選んでここに来た。選んだからには責任がある。特にこの選択授業に関して、僕は中途半端は許さない〟
そう岩崎先生に宣言されて、みんなガンガン絞られたらしい。
「手に負えないなら、別の選択に移った方がいいとか言われちゃったし」
問題が出されると、当てられた子は解くまでのプロセスをガンガン突っ込んで聞かれて、岩崎先生の容赦ない突っ込みに、最後まで耐え忍んで正解に辿り着いた生徒は、みんなの前で褒められて。
「阿東のヤツは、クソいい気になってるね」
唯一、正解を叩きだし、先生から何も言われなかったらしく、それはそれは得意気だという。阿東の、いつもの、あの憎憎しいドヤ顔が浮かんだ。
出来なかった子は、「怒られはしないけど」と、マユが呟くのを聞いてホッとしたのも束の間、
「アユミは、ちょっと可哀相だったね」
サトちゃんの苦笑いが、切ない様相に変った。聞けば、当てられたアユミは途中で行き詰まり、最後まで答えられなかった。立ちすくんだまま、授業中にも関わらず泣いてしまったと言う。まるで私自身が体にナイフを入れられたみたいに、胸の辺りにズキンときた。
サトちゃんは芝生の草を払いながら地べたに座り直すと、
「岩崎のヤツさぁ、おっそろしいくらい冷静だったね」
岩崎先生はアユミの涙を見ても何を言う訳でもなく、その後も淡々と問題を出した。当てられた生徒が解き、勝者は褒められて狂喜乱舞、敗者は無視されて、ちくしょう!と悔しがる……そんな修羅場が続いて。
「2人は大丈夫だったの?」
「サトちゃんが、ちょっと間違えて先生に突っ込まれてたけど、なんとか答えてたよ」
さっそくパスタを頬張って何も言えない本人に代わってマユが答えると、「もむぅ~(余裕)」と、モグモグとサトちゃんが頷いた。先生に突っ込まれても冷静に対処できるなんて凄い。サトちゃんなら、すっかり間違ってもアユミのように泣くことは無いだろうな。泣いているアユミを思い描くのがツラい。兄貴に強烈スパイクを決めるアユミが、問題に答えられないだけで泣くなんて。
そんな選択授業の厳しさが想像つかなかった。アユミの笑顔と共に、いつかのリンゴの香りが鼻先をかすめる。リンゴの傷、それは早くラップしてあげないと、どんどん変色してしまうから……アユミにメールしようか。
それとも、昨日作ったキャラメルを口実に、教室に会いに行こうか。頭に浮かんだ慰めの言葉は、どれもピントが外れている気がした。
「波多野が泣けば面白いのにね」と、サトちゃんがオムライスに食いつく。
「あの子が泣くかな」
「岩崎に相手にされなくなるって不安にはなるんじゃん?イカれてっから」
その通りだと、自分もサトちゃんに頷いた。
あの後、波多野さんからは早速、「今口さん、岩崎先生とは一体どこで会ったの?」と突っ込まれた。マユや周囲には、「あれは岩崎先生の勘違いだよ」で押し通したけれど、波多野さんに関しては、明らかに分かるヤキモチだな~と余裕で見物してしまう。波多野さんみたいに数学がそこそこ出来る人は、先生が好きになっちゃうくらい、全然怖くないんだなーと思って。
パスタに食いつきながら、マユは、「選択でも宿題が出てさ。超バクハツ。きゃん」と、それを広げて見せてくれた。3枚もあった。図形とグラフのオンパレード。書き込む為の空白が多いせいで、一見、宿題は涼しげに見える。
「全部、明日までにやって来いってさ」
「あ、明日……」
クラスの数学でも宿題は出ている。それに加えて選択の3枚の宿題。マユは大変だ。2人の話を聞いていると、選択授業に限らずクラスでも、岩崎先生がいつ牙を剥くとも限らない。そんな不安が渦巻いた。
岩崎先生はアユミを泣かせた、そんな憤りにも似た気持も同時に起こっている。
本日のランチ。
煮込んだデミグラスソースは、いつもと違う苦味を感じた。
いつもの3人のランチ・タイム。だけど、今日はその様子がいつもと違った。
今日はオムライスとパスタのコンビネーション。
生みたて卵は、どんなに混ぜ込んでも黄身の鮮やかさが色あせない。定番のケチャップライス。そこに、煮込んで煮込んで煮込んだ、深いこげ茶色のデミグラス・ソースを掛けた。掟破りと言うのかどうか、マユの好きなマヨネーズでハート模様を描いてみた。色も香りも、もちろん味も申し分ない。
それを見て2人は、「わお!」と喜んでくれたけれども、すぐに話題は数学の選択授業に変わった。
ついさっきの事だ。4時間目。選択授業でも岩崎先生に当たっていると大喜びで向かって行った女子が、授業が終わった後、絶望に打ちひしがれて教室に戻ってきた。サトちゃんとマユ、2人共その数学を選択していて、2人は打ちひしがれてはいなかったけれど、どこか戸惑った様子が見て取れる。マユはクラスの数学で岩崎先生の大変さは承知の上と思っていたけれど、それでも圧倒されたみたいで。
「もお、チョ~疲れたぁ!」
マユは、うぎゃーッ!と、足元の芝生に勢いよく崩れた。
「岩崎の選択は、倉田の授業とは比べ物になんないよ。ムズいわぁ」とサトちゃんも嘆く。
〝君たちは自分で選んでここに来た。選んだからには責任がある。特にこの選択授業に関して、僕は中途半端は許さない〟
そう岩崎先生に宣言されて、みんなガンガン絞られたらしい。
「手に負えないなら、別の選択に移った方がいいとか言われちゃったし」
問題が出されると、当てられた子は解くまでのプロセスをガンガン突っ込んで聞かれて、岩崎先生の容赦ない突っ込みに、最後まで耐え忍んで正解に辿り着いた生徒は、みんなの前で褒められて。
「阿東のヤツは、クソいい気になってるね」
唯一、正解を叩きだし、先生から何も言われなかったらしく、それはそれは得意気だという。阿東の、いつもの、あの憎憎しいドヤ顔が浮かんだ。
出来なかった子は、「怒られはしないけど」と、マユが呟くのを聞いてホッとしたのも束の間、
「アユミは、ちょっと可哀相だったね」
サトちゃんの苦笑いが、切ない様相に変った。聞けば、当てられたアユミは途中で行き詰まり、最後まで答えられなかった。立ちすくんだまま、授業中にも関わらず泣いてしまったと言う。まるで私自身が体にナイフを入れられたみたいに、胸の辺りにズキンときた。
サトちゃんは芝生の草を払いながら地べたに座り直すと、
「岩崎のヤツさぁ、おっそろしいくらい冷静だったね」
岩崎先生はアユミの涙を見ても何を言う訳でもなく、その後も淡々と問題を出した。当てられた生徒が解き、勝者は褒められて狂喜乱舞、敗者は無視されて、ちくしょう!と悔しがる……そんな修羅場が続いて。
「2人は大丈夫だったの?」
「サトちゃんが、ちょっと間違えて先生に突っ込まれてたけど、なんとか答えてたよ」
さっそくパスタを頬張って何も言えない本人に代わってマユが答えると、「もむぅ~(余裕)」と、モグモグとサトちゃんが頷いた。先生に突っ込まれても冷静に対処できるなんて凄い。サトちゃんなら、すっかり間違ってもアユミのように泣くことは無いだろうな。泣いているアユミを思い描くのがツラい。兄貴に強烈スパイクを決めるアユミが、問題に答えられないだけで泣くなんて。
そんな選択授業の厳しさが想像つかなかった。アユミの笑顔と共に、いつかのリンゴの香りが鼻先をかすめる。リンゴの傷、それは早くラップしてあげないと、どんどん変色してしまうから……アユミにメールしようか。
それとも、昨日作ったキャラメルを口実に、教室に会いに行こうか。頭に浮かんだ慰めの言葉は、どれもピントが外れている気がした。
「波多野が泣けば面白いのにね」と、サトちゃんがオムライスに食いつく。
「あの子が泣くかな」
「岩崎に相手にされなくなるって不安にはなるんじゃん?イカれてっから」
その通りだと、自分もサトちゃんに頷いた。
あの後、波多野さんからは早速、「今口さん、岩崎先生とは一体どこで会ったの?」と突っ込まれた。マユや周囲には、「あれは岩崎先生の勘違いだよ」で押し通したけれど、波多野さんに関しては、明らかに分かるヤキモチだな~と余裕で見物してしまう。波多野さんみたいに数学がそこそこ出来る人は、先生が好きになっちゃうくらい、全然怖くないんだなーと思って。
パスタに食いつきながら、マユは、「選択でも宿題が出てさ。超バクハツ。きゃん」と、それを広げて見せてくれた。3枚もあった。図形とグラフのオンパレード。書き込む為の空白が多いせいで、一見、宿題は涼しげに見える。
「全部、明日までにやって来いってさ」
「あ、明日……」
クラスの数学でも宿題は出ている。それに加えて選択の3枚の宿題。マユは大変だ。2人の話を聞いていると、選択授業に限らずクラスでも、岩崎先生がいつ牙を剥くとも限らない。そんな不安が渦巻いた。
岩崎先生はアユミを泣かせた、そんな憤りにも似た気持も同時に起こっている。
本日のランチ。
煮込んだデミグラスソースは、いつもと違う苦味を感じた。