溺愛御曹司は仮りそめ婚約者
身重の奥さんの前で、私がすべてをバラすと思ったのか、大きく目を見開いた彼の顔に怯えが走る。
それが、彼を見た最後。私は奥さんの前で彼を糾弾することなく、その場を立ち去った。
そのまま電車に乗って、茨城の実家に逃げ帰り、仏壇の前に座り込む。
きっとひどい顔をしていたのだろう。突然、身ひとつで帰ってきた私に、じいちゃんはなにも聞いてこなかった。
亡くなった父親の遺影を眺めると、写真の中の父の目が、私を責めている気がした。
『ほら、やっぱり一緒じゃないか。沙奈も人の人生をめちゃくちゃにする、最低の人間だ』
父親のそんな声が聞こえた気がして、ひたすら心の中で謝っていた。ごめんなさい、ごめんなさいと、震えながらひたすら謝っていた。
彼の裏切りよりも、母親と同じだということがショックだった。
そんな私には、幸せな家庭を築く権利なんてないと思った。だから、二度と恋をしないと心に決めた。
彼からは、終わりの言葉も謝罪もなかった。挨拶もなく担当者が代わり、一度も会うことなく私は企画部に異動になった。
すごく好きだったはずなのに、涙は一滴も出なかった。残ったのは、自分の中に流れる母親の血への嫌悪だけ。