溺愛御曹司は仮りそめ婚約者

失礼な話だが、今まで彼のプロポーズも告白も現実味がなくて、夢の中の出来事のように感じていた。

このとき初めて、彼が本気で私のことを思ってくれているということを理解した。理解した途端、それが濁流のように私の心の奥に入り込んでくる。

「好きだよ、沙奈」

あ、心臓の音が……やばい。絶対に守ろうとしていた心の鍵が、その一言でいとも簡単に壊れてしまった。

ギリギリのところで抑え込んでいた気持ちが溢れ出して、心臓がものすごい速さで音をたて始める。

「沙奈、俺のものになろう。そんな男のことなんて、思い出す暇もないくらい愛してあげるから」

やめて、やめて。耳にキスしながらそんな甘い言葉をささやかないで。ドキドキしすぎて……く、苦しい。今の私に、それは拷問です。

「わかったから! 落ち着いて! 東吾の気持ちはわかったから。と、とりあえず……保留!」

ぐいっと腕を突っ張って東吾を押し退けると、私の耳に恐ろしく凶悪な舌打ちが聞こえた。空耳、ではないですよね。

「……今度はダメか。さっきは押して引いたら口を割ったのに」

盛大なため息をつきながら、ゴロンと横になった主任に首を傾げる。

さっき……? さっきって、私が結婚したくない理由を話したとき?

たしか強引だったのが、急に弱気になって……。あれ、わざとだったの!?

キッと睨みつける私を見て、彼はクスクスと笑みをこぼす。

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