溺愛御曹司は仮りそめ婚約者
最悪なキスと優しいキス
食欲を刺激するいい香りが、部屋の中に漂う。テーブルには、色とりどりの料理が並んでいる。
今から楽しいディナーならいいけれど、料理を取り囲むメンバーの顔は真剣そのものだ。いつもより緊張感があるのは、桐島主任がいるからだろう。
限定、会議室の一室でレストランで出す予定の料理の試食中だ。主任が料理を口に運ぶのを見てから、私も自分の分を口に入れる。
「少し味がくどいな。もう少しさっぱりさせられない?」
「たしかに少しくどいですね。もう少しソースの味を調整します」
コースメニューのメインディッシュであるフィレ肉のローストは主任の指摘通り、たしかに少し口の中にくどさが残る。
本当に、この人の味覚は鋭い。的確な指示に感心しながら、ソースの成分表に目を落として、主任の指示と自分が気になる点を書き込んだ。
「次の会議までに、さっき指摘したところを調整してください。あと、浅田さん」
「へ?」
主任が他にもいくつか指摘したところをメモを見ながら確認していたところで、突然名前を呼ばれて、間抜けな声が出た。
「急で悪いが、できれば午後から時間をあけてほしい。予定はどうなっていますか?」
「あ、えっと、午後からは……」
「大丈夫ですよ。どうぞ、連れて行ってください」
打ち合わせがある、と言おうとした私の言葉を先輩の小松さんが遮った。