溺愛御曹司は仮りそめ婚約者
「なにも、ない。へえ、そんな顔して?」
あ、やばい……なんか間違った 。笑っているけど、目が笑ってない。それがまた恐ろしくて、身体の芯がヒヤリとする。
肝を冷やすって、きっとこういうことなんだろうな。
「まだ、俺は信用してもらえてないんだね」
「ち、違う。そうじゃなくて……」
「そうだよ。沙奈は、俺のことを信じてない。伝えても伝えても、君には届かない。前に俺に言ったよね。『伝える努力をしたほうがいい』って。沙奈、それを俺にしてる?」
彼の言葉に、胸がズキリと痛む。たしかにそうだ。私は彼に、なにも伝えていない。
今日が終わったら伝えようと思っていたなんて、そんなことは言い訳にしかすぎない。偉そうなことを言ったくせに、逃げてばかりだったことは事実だ。
顔を歪める私に、主任が眉を寄せて時計を見た。
「時間がないな。スタッフの人に、声かけてくる。大丈夫?」
そうだ、今は揉めている場合じゃない。みんな、試食会の準備をがんばってくれているんだから。
うなずいた私を見て、東吾が立ち上がった。下を向いている私の頭上に、盛大なため息が降ってくる。