溺愛御曹司は仮りそめ婚約者


「会食のときに、綿帽子を外すので洋髪にしておきますね」

髪をセットして、いろいろ身体に詰められながら着付けが進んでいく。最後に白無垢を着れば、立派な花嫁さんが完成だ。

「沙奈、支度終わったか?」

鏡に映る自分に、やっぱりプロはすごいと感心していると、襖の向こうからじいちゃんの声がした。

「はい、終わってますよ」

私の支度をしてくれていた人が襖を開けて、じいちゃんを中に通してくれる。

「おお、沙奈。ウェディングドレスも綺麗だったけどなぁ、白無垢も似合うなぁ」

よそ行きのジャケットを着たじいちゃんと入れ違いに、その人は客間を出て行った。

きっと、ふたりで話せるように気を使ってくれたんだろう。

話すなら、いまだと思った。主任がここまでしてくれてのだ。きちんと過去に向き合って、真っさらな気持ちで彼の前に立ちたい。

「本当に綺麗だなぁ、沙奈。近所の人がみんな来てな、ご馳走こさえてくれて。ありがたいなぁ。東吾くんも、袴姿かっこよかったわ。じいちゃん、本当、鼻が高いなぁ」

「あ、あのね、じいちゃん。聞きたいことがあるの」

ニコニコしているじいちゃんの手を掴んで、意を決して今まで怖くて聞けなかったことを口にする。

「ねえ、お母さんて……どんな人だった? お父さんは、私のことが嫌いだった? 憎んで、た……?」

お母さんとお父さんが離婚したのは私が小学校に入学する少し前。少しは記憶にあってもいいはずなのに、私はなぜか母のことをほとんど覚えていない。

写真は父の手ですべて捨てられてしまっから、私にそっくりだというその顔さえも見たことがない。

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