溺愛御曹司は仮りそめ婚約者
「昔ね、お父さんが私はお母さんにそっくりだって。私もお母さんみたいに人の人生をめちゃくちゃにするような人間になるんじゃないかって言ってたのを聞いて……。私、怖くて。そうなって、東吾になにかしちゃったらどうしようって……。東吾のそばにいていいのか、わからなくなって……」
「沙奈……。そうか、あれを聞いてたのか。それはきつかったなぁ。ごめんな、じいちゃん、沙奈がこんなに苦しんでることに気がつかなかった。沙奈がお母さんのことを覚えてないのは、じいちゃんたちのせいだ。『忘れろ』って、言い聞かせたから。沙奈は素直だから、それで本当にお母さんのことを忘れてしまったんだなぁ」
じいちゃんのシワシワの手が、私の頭を優しくなでる。しっかりと私と目を合わせて、じいちゃんが眉尻を下げた。
「たしかにな、奈緒子さんがしたことは、許されないことなんだろぅ。でもなぁ、夫婦が別れるのに、一方が悪いってことはない。和雄も悪かったんだ」
「お父さんも?」
「奈緒子さんは、寂しい人だった。ご両親が厳しい人で、甘えることが許されなかったらしい。和雄も口下手な男だったから、奈緒子さんに心底惚れてるくせに伝わってなかったんだな。釣った魚に餌をやらんてやつか。奈緒子さんは、ただ愛されたかったと泣いてたよ。和雄は、愛していたつもりなんだろう。別れたばかりの頃は、奈緒子さんを恨んでた。沙奈、顔は奈緒子さん似だからなぁ」
私を見る、お父さんの冷たい目を思い出す。あれは、私の中に母の姿を見ていたのか。