溺愛御曹司は仮りそめ婚約者
いつもと違う夜と朝
トントンと、リズミカルな音が寝室に響く。この状況は、非常によくない。だけど、怖くて顔があげられない。
「ねえ、沙奈。俺、怒ってるんだよ? わかってるよね?」
ベッドに正座したまま、恐る恐る顔を上げると、椅子に座って長い脚を組んだ東吾が黒いオーラをまとっている。リズミカルな音は、組んだ腕を指で叩いている音だ。
目が合うと、東吾は口元だけでふっと笑った。その顔が思いの外恐ろしくて、思わずヒッと息を飲む。
昼間から感じていたけれど、これは思っていた以上に怒っているな。
「ところで、ベッドにいるなら今すぐ押し倒すけど。いい?」
「ダ、ダメです。どうも、頭が高くてすみません」
慌てて床に正座して、怒られる体勢をとりながら険しい顔をしている東吾のことをおずおずと見上げる。
「そんなかわいい顔したってダメだから。俺、すごく可哀想だと思わない?」
「だ、だって……」
「だって、じゃない。晴れて夫婦になったのに、意味がわかんないんだけど。昨日だって、おじいちゃんと寝るとか言い出すし」
恨めしげに私を見る東吾にいたたまれなくなり、そっと目を逸らす。
昨日のご近所さんへのお披露目会のあと、実家に泊まることになったときに私は、「じいちゃんと寝たい」と彼にお願いした。
旅行のときみたいに東吾から逃げたい、とかではなく、ただ純粋にじいちゃんの隣で眠りたかった。
きっと、そんなふうに眠ることはもうないから。お嫁に行く前に……という気持ちだった。