溺愛御曹司は仮りそめ婚約者
子守唄と宝物
時は巡り、季節は冬に入った。
手を消毒してからその建物に入ると、独特の消毒液の匂いがして、なんとなく肩に巻いたストールでマスクをした口元を覆う。
ここは、都内にある総合病院だ。エレベーターで三階にあがって、目的の部屋のドアをノックして覗き込む。
「じいちゃん、起きてる?」
「おお、沙奈か。起きてるよ」
いかにも病院らしい、ベージュのカーテンを開けて中に入るとじいちゃんはベッドの上で身体を起こしていた。
「今日は、体調がいいの?」
ニカッと笑ってうなずくじいちゃんに、私もつられて微笑んだ。
東吾と結婚してから、早半年。じいちゃんは『余命半年』を乗り越えて、元気に過ごしている。
まあ、入院しているのだから元気とはいえないが……。
「いやぁ、今日は風呂さ入れてもらって、生き返ったわ。看護師さんに『浅田さんは太陽みたいですね』なんて言われてなぁ。『それは頭け?』つったらウケるわ、ウケるわ。そんでなぁ、今日の朝ごはんはししゃもでなぁ。じいちゃん、どーしてもししゃもで米が食えんのよ。でなぁ……」
うん、元気ですね。眠っていることが多い日があることも考えれば、今日は本当に調子がいいみたいだ。
じいちゃんは、半月前に痛みが強くなって歩けなくなり、桐島家が懇意にしているという病院の緩和ケア病棟に入院した。