溺愛御曹司は仮りそめ婚約者

「食事は、人生の潤いだからね。おいしいものを、安心して食べてもらいたい。うちの定番商品を使ったアレンジレシピもメニューに加えればそっちの宣伝にもなるしね。常に新しいものを発信していかなくてはならないけど、やりがいはあるだろ?」

「うん! なんかすごくやる気出てきた。私、がんばるね」

やっぱり桐島主任はすごい。そんなふうに考えてたなんて、全然知らなかった。

ベッドで寝転んで……というのは微妙なシチュエーションだけど、この人の下でこの事業に携われて良かったと思う。

「にしても、東吾は口下手にも程があるね。そういうの、全然チームに伝わってないよ。もうちょっと伝える努力、した方がいいと思うけど」

「ああ、俺なんかがなに言っても分かってもらえないって思ってるからな。怖いんだよ、こんな理想論語って笑われるのが。今回のレストラン事業だって、俺がリーダーに選ばれたのは親の七光りだと思われてるの知ってるから。まあ、実際その通りだし」

ベッドに片肘をついた主任が、私の髪を指先でくるくると弄ぶ。私を見下ろす瞳が、翳る。

「今回の新規事業が上手くいったら、本格的にレストラン事業を全国展開していくことになっている。新たな部門を作ってね。俺はそこのトップになることが決まってる。立派な親の七光りだ。まあ、レストラン事業をやりたいって言ったのは俺だけど」

「いいじゃないですか。使えるものは使いましょうよ。なんでしたっけ、立ってる者は親でも使えみたいな? それに主任のことだから、しっかり社長にプレゼンしたんでしょ?」

この人の親だけあって、社長だってかなりのやり手だ。きっと、勝算があるからゴーサインを出したんだろう。
「たしかにそうだけど。まあ、どうやったって、俺の出自は変えようもないんだし。考えを伝える努力はするよ。ねえ、沙奈。確認なんだけどさ、沙奈は……俺の友達なんだよね?」

主任の長い指が、私の頰を優しく撫でる。その指が首筋から鎖骨に滑り、また来た道を戻って唇を撫でた。

なぜだか、主任の顔は少し不安そうだ。

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