溺愛御曹司は仮りそめ婚約者
これは……俗に言うディープキスという奴ですか? は、初めてした……。いや、してない。まだ未遂だ。
固まっている私に何かを察したのか、主任が驚いたように目を見開く。
「もしかして、こういうキスは初めて?」
うう、改めて指摘されると恥ずかしい……。でも、事実は事実だから仕方がない。
見栄を張りたいところだけど、絶対バレるから素直にそれを認めて頷く。
そうすれば、ならやめようかと言ってくれるんじゃないかなと思ったのだ。なのに主任は、私の予想に反してなんだかとても楽しそうに口の端を上げた。
「そう。じゃあ、これも練習しようね」
「え!? い! ……んむっ」
いいよ、という反論の言葉は、主任の唇に飲み込まれた。再び口の中に入ってきた彼の舌に、私の舌はあっけなく捕まった。
「力抜いて。その方が気持ちいいよ? 息は鼻でする。後は、こうやって角度を変えた時にね」
なるほど……って、こんな実践練習いらないんだけど!
だけど、こういうキスって、もっと気持ち悪いのかと思ってたけど。言われた通りに力を抜いてみると、気持ちいい……かも。主任のキスに溺れそうだ。
唇を離して私を見下ろした主任が、甘い笑みを浮かべた。初めて見るその表情に、胸の奥が疼く。
「明日、楽しみだな」
そのまま私の頰に、自分の自分の頰をすり寄せた主任が耳元で囁く。
「こんなにかわいい沙奈を育てたおじいちゃんに会うのが楽しみだ。きっと、とても素晴らしい人なんだろうね。寝ようか。打ち合わせの続きは、明日車の中でしよう」
もう一度唇にキスをした主任が、当然のように私を引き寄せる。ポン、ポンと子どもを寝かしつけるように優しく叩かれて、自然と目を閉じた。
少し速い、主任の心臓の音が、私の心臓の音と混ざり合う。なぜだかそれが、とても心地が良い。
それを聞きながら、私はあっという間に眠りに落ちていった。