溺愛御曹司は仮りそめ婚約者
来週ある、メニュー開発の会議に使う企画書の提出期限が迫っていて、それが今、なかなか進まずに私が頭を抱えているこれだ。
じいちゃんのこと、いもしない恋人のこと、仕事のこと。元々、要領がいい方ではない私は、もういっぱいいっぱいだ。
「うぅ」
どうしたらいいのかがわからなくて、目に涙が浮かぶ。
仲のいい男友達がいなくもないが、恋人の振りを頼むとなんだか面倒なことになりそうな気がする。
私は恋人が欲しいわけではない。そういうのは、いらない。今、必要なのはじいちゃんを安心させられる、偽の存在なのだ。
「……浅田さん? まだいたの?」
突然、名前を呼ばれて反射的に振り返る。私の名前を呼んだ相手を見て、目を見開いた私の目から涙がこぼれた。
それを見て、相手も驚いたように目を見開く。
まずい、会社で泣いているところを見られるなんて、一生の不覚だ。もう誰もいないと思っていたから、完全に油断していた。
この人だって、出先から直帰だったはずなのに、なんで戻って来ちゃったの?
「お、お疲れ様です。私、もう帰るところで……」
なんとかごまかそうと試みてみても、一度こぼれてしまった涙は止まってはくれない。
見なかったことにしてくれないかな、という私の淡い期待は、近づいてきた革靴の音であっけなく崩れ落ちた。