溺愛御曹司は仮りそめ婚約者
走り出した車の中で、『恋人としての設定』を話し合う。
ああでもない、こうでもないと話していたら、あっという間に私の実家の最寄りのインターチェンジに着いてしまった。
「車で一時間くらいか。案外、近いね」
「うちは茨城でも南の方ですからね。びっくりするくらい、なにもないでしょ?」
なんでもある都会とは違う。国道から一本入れば広がるのは畑に田んぼに、山。
私は生まれ育ったこの場所が好きだけれど、いいところを聞かれたら「なにもないところ」と答えるだろう。
「まあ、都会に比べればね。だけど、俺は結構好きかな。定年を迎えたら田舎暮らししたいよね」
「私も、定年を迎えたら実家で暮らすつもりでいるんだ。でも、田舎暮らしとか、なんか東吾に似合わないね」
「なに、それ。どういう意味?」
「見た目が華やかだから。いかにも都会人て感じ」
「まあ、生まれも育ちも東京だから、都会人と言われればそうなんだけどね。自然の多いところも好きなんだよ。あのさ、ちょっと気になってたんだけど、沙奈って……結婚願望ないの?」
その言葉にギクッとする。思わず主任を見ると、運転中だから当然前は向いているものの、視線をチラッと私に向けていた。
「彼氏を作る気もないって言ってたよね? それに定年後は実家で暮らすって、ひとりでいること前提に聞こえる」
さすがだ、なかなか鋭い。まあ、事実だし……こんなことに付き合ってくれてるんだもん。ごまかすのも失礼な気がする。
「そうですね。結婚するつもりはありません。だから、恋人もいらないんです」
「……それは、どうして?」
どうして? それは、資格がないからだ。私には、幸せな家庭を築く資格がない。
だって私は……あの人の……。