溺愛御曹司は仮りそめ婚約者
「あ、私の実家……そこです。庭に車停めちゃって大丈夫です」
ちょうど実家に着いたのをいいことに、私は主任の質問に答えなかった。私の指示通り庭に車を停めた主任に笑顔を向ける。
「さ、行きましょうか」
シートベルトを外してさっさと車を降りようとする私の耳に、小さな舌打ちが聞こえた。
「逃げたな。まあ、今は逃がしてあげるけど、二度目はないから」
低い声に背筋がゾクッとしたけれど、聞こえなかった振りをして急いで車を降りる。
急いで降りたのは恐ろしい呟きのせいではない。車の音が聞こえたのだろう、じいちゃんが家の中から出てきたからだ。
「じいちゃん、ただいま」
「おかえり、沙奈。いやぁ、たまげたなぁ」
太陽の光を浴びて輝くつるっぱげのハゲ頭が眩しいが、その目は言葉通りに大きく見開かれている。視線は私の後ろ。
振り返ると、笑みを浮かべた桐島主任が立っている。私は主任に近付いて、彼の左手に自分の腕を絡めた。
「じいちゃん、紹介するね。お付き合いしてる、桐島東吾さん」
私にしては、なかなかイケてる演技だと思う。
主任は私を見て意外そうに軽く目を見開いてから、じいちゃんににっこりと微笑んだ。