溺愛御曹司は仮りそめ婚約者
「初めまして、桐島東吾と申します」
「沙奈の祖父です。いや、えらい男前だなぁ。沙奈、メンクイだったんだなぁ。遠くから大変だったっぺ。さ、どうぞ」
じいちゃんに促されて、家の中に入る。コートを脱ぐと、主任が紙袋をじいちゃんに差し出した。どうやら、手土産を用意してくれていたらしい。
「お口に合うかわかりませんが、お酒も甘いものもお好きだと聞いたので。日本酒とどら焼きです。なかなか日本酒と合うんですよ」
「おお、それはうれしい。桐島さんはお酒は?」
「どうぞ、東吾と呼んでください。僕もお酒は好きですよ」
「そうか、それはうれしいなぁ。一緒に晩酌すっぺ。ほれ、沙奈。茶をいれとくから、ばあちゃんと和雄に挨拶してこぅ」
一人称が“僕”になっているよそゆき仕様の主任から紙袋を受け取ったじいちゃんが、仏壇のある和室を指差す。
「うん、東吾さん。ばあちゃんとお父さんにも紹介するね」
再び主任の腕を掴んで、和室に入る。仏壇の前に座ると、隣に座った主任がふっと笑った。
「沙奈に演技ができるのか心配してたけど、意外とノリがいいね」
「それは、まあ。じいちゃんを安心させるためですから」
ライターでロウソクに火を点けながら答えると、隣で主任がうなずいた。
「……そうだな。俺も、おじいちゃんには少しの心残りも残して欲しくないよ」
一瞬、目を伏せた主任が和室を見回してから、仏壇に目を戻した。
「この家で、沙奈は育ったんだね。なんかわかるな、とても温かい家だ」
「……ありがとうございます」
主任が線香をあげて、お父さんとばあちゃんの遺影を見て目をつむる。私も同じように線香をあげて、目をつむった。