溺愛御曹司は仮りそめ婚約者

お父さん、ばあちゃん。隣にいる人は、私の偽物の恋人です。あの日、誓ったように……私はもう二度と恋はしないよ。

ずっとひとりで生きていくから、この嘘を許してください。

桐島主任が言ったように、私もじいちゃんになんの心残りも残してほしくない。

だけど、そのためについたこの嘘は……本当に正しいのだろうか。

そこまで考えて私は目を開いた。ふと視線を感じて横を見ると、主任が真剣な顔で私を見ていた。

「沙奈、どうして泣きそうな顔をしてる? なにを考えてるの?」

カチャンと、胸の奥の鎖が音をたてる。ドクンと、心臓の音が大きく聞こえた。

知られたくない……この人には、あのことを知られたくない。

真っ直ぐに私を見つめる切れ長の瞳に、身動きがとれなくなる。なぜだかすべてを見透かされているような気がして、怖くなった。

「沙奈、桐島さん。茶が入ったよー」

のほほんとしたじいちゃんの声に、ハッとして慌てて返事をする。

「う、うん。今、行く。行きましょう」

立ち上がって主任の腕を引っ張ると、ばあちゃんとお父さんの遺影を見た主任が、はあっと息を吐いてから立ち上がる。

「……今は、まだいい。だけど、逃す気ないから」

耳元で囁かれた言葉の意味が、私にはわからない。意味を考えようとも思わなかった。

私がついたこの嘘は、正しいのか、間違っているのか。でも、そんなことは関係ない。

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